カテゴリ:現地キラキラ 紹介( 3 )

☆ キラキラ・プロジェクト KIRA KIRA PROJECT


Bring Up the Future Self Help Project(未来を育てる自助プロジェクト)という名のCBOとして、
2004年7月に、ケニア政府(社会福祉課)に登録されました。
そのCBOが運営するキラキラ保育園を主要な活動、主要な場として、10年余りの間活動してきました。

2017年11月に、同保育園および小学校の全校が、
学校法人「キラキラ・アカデミー(キラキラ学園)」としてケニア政府に登記されました。
それにより、全校の運営母体としてのCBOの意味と効力は失われ、
学校法人「キラキラ・アカデミー」がすべての活動の母体として取って代わりました。

しかし、目的や理念はCBOの時代のままで維持されています。



☆ CBO


Community Based Organization の略です。
Community Based Self-Help Project とも呼ばれます。
文字通り、コミュニティーに根ざした、地域限定、非営利、自助努力・自助支援のプロジェクト・グループです。
NGO (Non Governmental Organization 非政府組織)と違い、外国に本部を置く必要はありません。
日本でいう NPO法人 のようなものと考えればいいと思います。
外から支援をするというよりも、自分たちで助け合って自立を目指していくというタイプの活動になります。
もっとも、外からの支援も全く受けないわけではありません。



☆ キラキラ学園 KIRA KIRA ACADEMY


ジャシンタ先生が主宰者である私立学校としてケニア政府に登記されました。
運営は営利目的でもかまわないのですが、
支援型の学校としてスタートした学校であり、
最終的には現地での収入が支出に追いつき、
黒字を出すことも赤字を出すこともない程度の会計で運営していくことを目指しています。

しかし、現実は難しく、
ケニアの急激な経済成長に伴う物価高騰が続いており、
現地での収入増(主に学費増)をはかっているにもかかわらず、
赤字はなかなか減らずに年月が経過しています。

キラキラ学園には、キラキラ幼稚園(初期のキラキラ保育園)およびキラキラ小学校の2つの部門(学校)があります。
幼稚園はナマンガの街の中に、小学校はナマンガの街から6㎞離れたところに位置しています。
街のこどもたちが安全に小学校に通えるために、朝夕のスクールバスでの送迎もしています。

おおまかな年間スケジュールは、
•1学期:1月~4月上(約14週間)
•1学期後休暇:4月中下(3週間)
•2学期:5月~8月上(約14週間)
•2学期後休暇:8月下 (3週間)
•3学期:9月~10月(約9週間)
•年度末休暇:11~1月初(約9週間)

有給スタッフは、こどもの数および学年の数に応じて徐々に増やし、
2019年には約20人を数えるほどになっています。



☆ キラキラ幼稚園 KIRA KIRA PRE-PRIMARY SCHOOL


2004年7月に、CBO運営のキラキラ保育園として開園しました。

目的は、
就学前の児童の成長と発達を支援し、
彼らが後に勤勉・勤労で礼儀正しい若者となり、
自立して社会に貢献できる人間になれるような基礎をつくることです。

そのため、園の三本柱として、
① 楽しい園生活
② 自立を促す保育
③ 各児の才能を伸ばす保育
を標榜しています。

支援児童の選抜は、
•入園児童受付時に希望親子の面談をする
•入園後の親子の態度や様子を観察する
というシンプルなものですが、
ケニアの大人はそれぞれ自分のステータスをわきまえており、
自ずと経済支援、教育支援が必要な家庭のこどもたちが集まってくるものなのです。

支援が必要となる条件として、
・経済的必要性:家が貧しく学校へ行けない、腹いっぱい食えない…
・社会的必要性:健康な親や保護者がいない、親や保護者から虐待・育児放棄を受けている
・身体的必要性:身体的・精神的に発達障害や弱さを抱えている
といったことがあります。

園児数は、
2004年(創立時)15人、
2005年~50人、
2008年~80人、
2011年~100人、
2014円~110人、
2019年~130人と推移しています。

時間割は、
06:20 開園
08:15 園児登園完了
08:20 朝礼など
08:40 屋内授活動
09:30 屋外活動(体育)
10:00 屋内活動
11:00 屋外活動(遊び)
11:30 屋内活動
12:00 昼食(給食)
13:00 屋外活動(遊び)
13:30 屋内活動・休憩
15:00 園児下園開始
17:10 閉園



☆ キラキラ小学校 KIRA KIRA PRIMARY SCHOOL


2008年1月に、将来公立小学校に移行させていくことを想定しつつ、1年生のみで試験的に開校しました。
しかし、ケニア政府からの支援も得られず、学校用地も供与されず、地元の収入および外からの支援による資金不足もあり、同年10月に閉校しました。

小学校の敷地としては、2ヘクタール以上の用地が必要です。
施設や設備として、
各学年最低1クラスずつ、各クラス50人以上を収容できる教室、
職員室・事務室、
調理場・食堂(ホール)、
複数のトイレ、
フェンスなどの建設が必要になります。
建設資金だけで、日本円換算で20,000,000円超と見積もることができます。

2011年に、地元行政からの学校用地の供与に関する前向きな返答を得たことで、小学校開校への思いが再度盛り上がりました。
2012年末に、保育園児の保護者たちの募金活動が始まり、小学校開校への動きが具体化してきました。
2013年、小学校(仮校舎)を建設し、2014年1月の開校に備えました。
2014年、1年生のみで小学校を開校しました。タイムリミットとしていた2014年半ばまでに、地元行政からの土地供与の最終返答が得られなかったため、今後は私有地をリースして、そこにキラキラ小学校を私立として建設し、2016年からの使用開始に備えることとなりました。
2015年、1年生および2年生が、仮校舎で学校生活を謳歌しつつ、本校舎の建設と、スクールバスの購入を進めました。
2016年、3年生がスクールバスに乗って本校舎に通学し始めました。1年生および2年生は仮校舎に留まりました。
2018年末より、1年生および2年生が本校舎に引っ越し、2019年は1年生から6年生までの小学校全校が本校舎で学ぶことになりました。
2020年には、1年生から8年生までの小学校全学年がそろうことになり、2020年末には初めての小学校卒業試験(ケニアの国家資格となる)に児童を送り出し、初めての卒業生たちを送り出すことになります。

ケニアは、小学校8年制・高校4年制の8・4制です。
2018年より教育改革が施行され、新しい世代以降は日本同様の6・3・3制に移行することになります。

キラキラ小学校も、幼稚園同様に、
① 楽しい学校生活
② 自立を促す教育
③ 各児の才能を伸ばす教育
を三本柱としています。



☆ マサイビーズの製作者への購入支援


すさまじいスピードで貨幣経済、グローバル経済にのみこまれていったナマンガでは、
そのスピードについて行けずに取り残された人も多く残されてしまっています。
例えば、マサイの伝統的な民芸品(マサイビーズのアクセサリーなど)を製作しているような
お母さんやお祖母さんたちが該当します。

そのようなお母さんたちは、他の学校よりも安いキラキラの学費ですら支払いができず、
こどもがまだ小さいうちに退学せざるを得ないという状況に追い込まれかねないのです。

キラキラでは、そのようなお母さんたちを対象に、
物品(マサイビーズのアクセサリー)を購入し、
それによって学費を払っていただくという、
物々交換経済を取り入れた支援もしています。

そして、それらの物品を日本に送り、
フェスタなどのイベントで販売し、
キラキラ・プロジェクトの資金源としています。

その結果として、
① 教育の普及
② 貨幣経済への対応
③ 古き良きマサイの伝統文化の継承
④ 国際交流の進展
といった良い効果が現れてくるのを期待しています。



☆ 小学生支援


2004年以降、
キラキラ保育園を巣立った後に地元の公立小学校へ就学する際に必要な諸々の費用や物品を、
経済的に支援の必要な親子に無償または一部有償で供与してきました。

しかし、2014年にキラキラ小学校が開校し、
また、その頃には十分にナマンガの就学率が上がってきていたことから、
2014年を最後に小学校支援を休止しています。



☆ キラキラ土曜補習教室 KIRA KIRA SATURDAY PROGRAM


補習塾を、2006年2月に平日の夕方の空き教室を利用して始めました。
キラキラ保育園を卒園し、地元の公立小学校へ巣立って行った児童たちの学習や生活をサポートするのがねらいでした。

2008年からは、それまで午前だけだった保育園が午前・午後となり、場所や労働時間を考慮し、補習塾を土曜日のみとしました。
9時頃から12時頃まで学習し、昼食(2018年より休止)をともにし、午後の早い時間に解散します。
学習内容も、音楽あり、図工あり、体育あり、自由学習ありと、バリエーションに富んでいます。

目的・意義として、
① キラキラ小学校での活動の成果を確認して、学園運営の指針とする
② 新しい手段を試すなどのモデル教室とし、学園運営の指針とする
③ 将来キラキラやコミュニティーに貢献できる人材を育てる



☆ 特別支援 SPECIAL SUPPORT


経済的、社会的、身体的に、特別な事情のある小学生や高校生を対象に、学費などを支援しています。
2009年に一人目を開始し、また一人、そして数人と、少しずつ試験的に増やしてきたのですが、
キラキラ学園が私立として登記され、その建設に資金(外からの支援金)を集中させていく方針としたために、
徐々に特別支援の対象者も額も減らしてきています。

キラキラ・プロジェクトの支援の大きな流れを、
狭く深い支援(特定の少数の対象者に大量の支援を行う)から、
広く浅い支援(大人数を対象者に、まとめて支援を行う、つまり、学費の安い私立キラキラ小学校の建設を支援する)
という方向にシフトしてきているのです。




2004年、開園時のキラキラ保育園。
賃借りした建物の中にある長椅子を机がわりにしていた。

b0124020_17021741.jpg













2004年のキラキラ保育園の授業の様子

b0124020_17020296.jpg













遊びの時間になり、
賃借りしていた建物から出て、
自分たちの新園舎を建設中の敷地に移動しようとしていたところ

b0124020_17020232.jpg












2004の保育園建設のためにつくった土レンガ

b0124020_16425615.jpg












建設に必要な水を汲んできた園児のお祖母ちゃん

b0124020_16430693.jpg













建設風景

b0124020_16425603.jpg












ときに、建設現場の傍らで授業をしたことも。

b0124020_17021772.jpg












日本製のお手玉を試すこどもたち

b0124020_17014385.jpg












建設が進行中の敷地で遊び

b0124020_17020273.jpg













男の子は今も昔もサッカーが大好き

b0124020_17020201.jpg













敷地内の開墾や整備にこどもたちも参加

b0124020_16425657.jpg












建材となる砂利をつくるこどもたち

b0124020_17014343.jpg












2005年当時、
一部の園児が住んでいたマサイの伝統家屋
呼称「マニヤッタ」

b0124020_16434956.jpg













2005年当時、
近くのマサイの村に住んでいたこどもたち

b0124020_16434911.jpg













建設が終わった2005年のキラキラ保育園

b0124020_16432915.jpg

















男の子はサッカー、女の子は縄跳びが定番でした。

b0124020_16432946.jpg

















石も教材です。
石で自分の名前を描いたぺニナさん

b0124020_16440537.jpg

















キラキラ卒園後、
地元の公立小学校に進学するときに、
自分が腰かける机(椅子付き)の持参を義務付けられており、
それをキラキラが支援し、
自ら小学校に持って行こうとしていた男子2人

b0124020_16432981.jpg


















相原 記


by kjkirakira | 2004-03-31 12:00 | 現地キラキラ 紹介

キラキラ鳥瞰図2013

2013年に撮影したナマンガの鳥瞰画像です。
高低差100mくらいの小高い丘の上から撮影しました。
右下の星が私たちの旧家、
右上の星がキラキラ保育園。
保育園のすぐ上に、ケニア(手前)とタンザニア(後ろ)の国境ゾーン(No Man's Land)が左右に横たわっています。
左端の星が私たちの新居、および、キラキラ小学校(1・2年生部門)

b0124020_18434477.jpg



私たちの新居、および、キラキラ小学校1・2年生部門付近の拡大画像です。
右側が家、
左側がキラキラ小学校校舎。

b0124020_18552145.jpg



相原 記
by kjkirakira | 2004-03-02 12:00 | 現地キラキラ 紹介

キラキラ航空写真2017

2017年の秋頃の、
Googleの航空写真による、
キラキラの3つのキャンパスとそこにある建造物の様子です。


アフリカ大陸の、ケニアのナイロビから幹線道路を南下して、
タンザニアとの国境線に交わるところを拡大すると下図のようになります。
左側を上下に走る直線が国境線です。
左右に走る線がケニアのナイロビとタンザニアのアルーシャをつなぐ幹線道路、
これは、エジプトのカイロから南アフリカのケープタウンを縦断するアフリカンハイウェイでもあります。

b0124020_00335740.jpg











下図で、
Nがオルコングキャンパス(幼稚部)、
Aがアンボセリロードキャンパス(1・2年生部門)、
Bがビリカキャンパス(3・4・5年生部門)です。
画像をクリックして拡大していただけるとよくわかります。
ご覧の通り、NとAはナマンガの街の中ですが、
Bは街から6㎞離れています。

b0124020_00335786.jpg












オルコングキャンパス(幼稚部)を拡大します。
下側を左右に走る大きな道路のようなところが国境です。

b0124020_00335763.jpg












黄色い枠で囲まれた部分が幼稚部です。
敷地は30メートル四方。
ここで、年少、年中、年長の100人超のこどもたちが毎日学んだり遊んだりしています。

b0124020_00335892.jpg












アンボセリロードキャンパス(1・2年生計約90名)を拡大します。
左の上下に走る道路はアンボセリロードで、
右上から来るバイパス道路と交差している地点なので、
初めて訪ねて来られる人もすぐにわかります。

b0124020_00335727.jpg












黄色い枠の中がアンボセリロードキャンパスの敷地です。
20m×130mくらいの長方形です。
道路に近い側から、屋外トイレ、調理室、校舎(職員室と二教室)があり、
右端の黄色いマークのところに井戸が掘られています。
この井戸を使用開始するのが今年の建設の第一目標でもあります。

b0124020_00335772.jpg












ビリカキャンパス(3・4・5年生計約120名)を拡大します。
ナマンガの街から6㎞ほどナイロビ方面に戻ったところにあります。
右側を上下に走るのが幹線道路です。

b0124020_00335807.jpg












土地の区画的には、ご覧の通り二区画になります。
左側(山すそ)が3.2ヘクタール、右側(道路側)が3.6ヘクタールです。

b0124020_00335881.jpg












左側(山側)の方を拡大します。
左上のシルバーのやや大きい構造物が2015年10月建立の3年生の教室および職員室、
左下の赤い大きな構造物が2017年1月建立の三教室(4・5年生および建材倉庫)、
右下の青い大きな構造物が2017年8月建立の中国製仮設校舎(四教室とホール)、
右端のごちゃごちゃした敷地はご近所さんです。

b0124020_00335837.jpg























いろいろ頑張って建設を進めている様子、
あちこちのキャンパスを移動しながら巡回する苦労を、
これらの画像から感じ取っていただけたら幸いです。

しかしまあ、何と言うか、
空から見ると人間の活動なんてちっぽけなものですよね。
一生懸命汗水流して何日もかけて何百万もかけて建てた構造物が、
おもちゃのおの字にもならないほどなのですから。


相原 記


by kjkirakira | 2004-03-01 12:00 | 現地キラキラ 紹介