アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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カテゴリ:現地で 小学校( 179 )

シャドラックくんを葬る

2017年3月4日(土)、
病気で急逝した2年生のシャドラックくんのお葬式の日。

まず、遺体が安置されているタンザニア側に110㎞入ったアルーシャにある病院に、
シャドラックくんのご家族と近しい人たちが出かけて行きました。

キラキラのスクールバスは、
国境を越えてタンザニアに入るというリスクや出費や手続きの難解さを考慮して、
ケニア側で待機です。

お葬式の儀式が営まれるシャドラックくんの家は、
ちょうどナマンガの国境沿いで、
よく日本からの訪問者を連れて行くあのコンクリート製の国境の目印のすぐそば。

早めに到着したキラキラの男先生たちと私は国境目印の辺りで、
キラキラの女先生たちは儀式が営まれる会場の椅子に腰かけて、
アルーシャからの遺体の到着を待ちました。

遺体の到着後、すぐに儀式が開始されました。

まず、タンザニア側の慣習に乗っ取り、
棺桶の蓋が開けられ、
シャドラックくんの眠り顔に、
みんなでさよならを言います。

ここで、案の定、3人くらいの女性が、
過換気の発作でぶっ倒れました。

続いて、ケニア側の慣習に乗っ取り、
棺桶の前で、
いろいろな集合写真を撮ります。
家族、父方の親族、母方の親族、ご近所さん、
教会の人たち、キラキラの人たち(教職員・こどもたち・保護者たち)、など。

家族・親族・教会などの代表者たちのあいさつ。
今回は学校(キラキラ)の代表者のあいさつは省略。

そして、キリスト教の簡単な礼拝です。
説教と、祈りと。

その後、この日のために大量につくられた食事が振舞われ、
みんな思い思いの場所で食事をとります。

一段落して、埋葬される場所への出発となりました。
場所はお父さんの実家。
ナマンガを見下ろすオロック山の反対側!
その場所に行ったことがある人はほとんどいません。
不謹慎ですが、少々わくわくします。

キラキラのスクールバスは、
教職員および保護者の中の希望者が、
予め200シリング払って席を予約していたので、
満員のはずだったのですが、
急きょ、母方の親族の方々が乗る車がないということになり、
キラキラのスクールバスが特別に人数制限を超えて出発することになりました。

見知らぬ土地への移動、
どんな山や谷や障害が待ち構えているかわからない。
ということで、
いつも利用するマーティンくんのお父さんのオートバイを、
念のために伴走させることにしました。

バスのエンジンを入れる前に、
ドロシー先生が代表して旅の安全を祈ります。

最初の15㎞は舗装道路のために安全・安心です。

15㎞のところにあるマイリティサという町で、
左に分岐し、未舗装道路に入ります。

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初めのうちは、順調に、スピードも出てすいすい進みます。
オロック山の北端をぐるっと回り、山の反対側に出ます。

地球の衛星である月は、
その公転周期と自転周期が一致しているために、
我々地球人は月の反対側を見ることができません。

それと同様に、オロック山の反対側を見ることはないだろうと思っていたのですが、
シャドラックくんの埋葬のために、初めて見ることができました。

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道路の状態は概ね良好だったものの、
2つの川を越えるのが大変でした。

1つ目の川は水があったものの、
幸い水は膝くらいの高さであり、
車に乗ったまま渡り切ることができました。
(源平合戦=富士川の戦いを思い出しました)

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2つ目の川は水がなかったものの、
大きな大地の溝になっていました。
幸い、バスに乗ったまま、
下りも登りもうまく進み、
渡り切ることができました。

川以外の大きな障害は、
とげとげの木の枝がバスの窓や車体に容赦なく襲いかかってきたことでした。
窓ガラスが割れることはなかったものの、
車体の塗装にだいぶ傷が増えてしまいました。

分岐点から2時間かけてようやく到着です。
車の距離表示を見ると、それでも分岐点から20㎞のみ。
体力のある人なら、ジョギングした方が楽です。

シャドラックくんのお父さんが生まれ育ったマサイの集落では、
既に埋葬の準備がなされていました。

牧師たちの先導により、
棺桶が穴におさめられ、
そこに土がかぶせられ、
そこにシャドラックの名前が書かれた十字架が立てられ、
万事スムーズに進みました。

その墓の前で、
花を供える儀式となりました。
シャドラックくんの両親が呼ばれ、
お父さんとお母さんが花輪を手にして墓の上に置きます。

続いて父方の祖父母、母方の祖父母、
兄弟姉妹、おじさんおばさん、従兄弟たち、といった具合。

何と、シャドラックくんの学校の代表者、ということで、
私とジャシンタ先生が呼ばれました。
神妙に、花輪を取り、2人一緒に十字架に花輪をかけました。

次いで、何と、シャドラックくんの親友が呼ばれました。
しかも、「あの韓国人の女の子!」という名指しで。
つまり、ノゾミのことです。
山奥のマサイの集落にキリスト教の宣教のために積極的に入る韓国人は、
日本人よりも有名なのです。

そこで、近くにいた私は、
「2人でも良いか?」と尋ね、
シャドラックくんのクラスメイトで、
シャドラックくんの友達で、
シャドラックくんと勉強その他の学校での活動で切磋琢磨していた、
女級長であるノゾミ同様に男級長であるレビスくんを呼びました。

ノゾミさんとレビスくんは、
2人で花輪を手に取り、
私とジャシンタ先生同様に、
十字架にかけて、
その場を離れていきました。

ノゾミは、さすがに、涙ぐんでいたようです。

私にとっても、
その日の一連の大人中心の儀式の中で、
このノゾミとレビスくんの件が、
唯一心の琴線に触れました。

一連の埋葬の儀式が終わり、
動物たちがやって来て墓を荒らさないようにと、
最後に、墓にとげとげの枝が施され、
会衆一同、帰りの車に乗り込みました。

この、シャドラックくんの墓を、
私が生きているうちに再び見ることはあるだろうか。

名残惜しく、私は会衆の最後に残り、
墓と、風景とを、凝視し、
脳裏に刻んでから立ち去りました。

親に同行してついて来たキラキラのこどもたちは、
ノゾミとヒカリとレビスくん以外にも10人くらいいました。

帰りのバスの中では、
ヒカリとその年長組のクラスメイトのデニスくんが、
歌を歌ったり冗談を言ったりして、
場を和ませてくれました。

20㎞の未舗装道路を終え、
舗装道路に出た途端に、
自動車が牛を4頭はねた事故現場に遭遇しました。

自動車のボンネットは完全につぶれ、
白煙を出し、
牛のうち3頭は恐らく即死し、
1頭は息絶え絶えに首を動かしていました。

私たち生けるものの生死は、
次の瞬間どうなるかわかりません。

わかるのは、
「土から出た人間は、やがて土に帰る」
(旧約聖書・創世記3章)
ということだけです。

これを書きながら、
目の奥に水が湧き出て来ます。

学校が大きくなればなるほど、
こういう悲しい出来事に遭遇する確率も増えていくことでしょう。

感情に素直に、愛情を貫きつつも、
感情に支配されすぎずに、規律とやり繰りとを万全とこなし、
あらゆる不測の事態に対応できるよう、
…、
神様、助けてください。

ナマンガに帰着し、
シャドラックくんのお父さんと強くハグし、
21時、その日は終了しました。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-03-04 23:09 | 現地で 小学校

シャドラックくんの急逝

シャドラック・レマイヤンくん、
2009年9月21日生、
2017年2月28日没、
享年7歳5か月。


2014年11月、
キラキラ保育園の入園手続きを、
これまでの1月初めではなくて、
前年度の11月に初めて実施した際に、
最後の一人として手続きされました。


シャドラックくんのお父さんはキリスト教の伝道師。
お父さんはケニア人ですが、タンザニア人の女性と結婚し、
長年タンザニアのアルーシャに暮らし、
長男シャドラックくんはそこの幼稚園で学んでいました。


しかし、こどもの教育事情を考慮し、
ケニアの教育を求めて、
家族みんなで国境ナマンガに引っ越して来て、
まだナマンガで住む家も決まっていないときに、
キラキラ保育園の入園手続きにやって来たのです。


シャドラックくんは、
2015年の1年間だけキラキラ保育園に在籍し、
翌2016年1月にはキラキラ小学校の1年生となりました。


成績は優秀で、クラスで5番以内。
礼儀も正しく、これもクラスで5番以内に入るくらい。

クラスでの席順はだいたい成績順なので、
ノゾミさん(女学級委員)、レビスくん(男学級委員)とはいつも席が近く、
お友達としていつも切磋琢磨していました。


2016年1月のPTA総会にて、
シャドラックくんのお父さんはPTA会長に選出され、
以降、キラキラを保護者としての立場から先導し、支えて来てくれました。


昨年夏に、私の両親がケニアを訪れた際にも、
保護者代表として直接あいさつしてくれました。


2017年にシャドラックくんは2年生になり、
いつものように勉強に励み、
礼儀正しく、学校での仕事を積極的に手伝いながら、
学校生活を謳歌していました。


ときどき体調を崩すものの、
ごく平均的なこどもの健康状態であり、
とくに持病もなく、元気にしていました。


2月26日(日)、
キリスト教の伝道師であるお父さんと一緒に、
ナマンガから90㎞離れたカジアドと言う町の教会に出かけ、
そこからの帰り道で、嘔吐が始まりました。


翌日、ナマンガの病院で検査を受け、
アメーバ赤痢と診断され、
治療を受けていました。


しかし、治るどころか増悪し、
飲食物が喉を通らなくなり、
嘔吐し続け、
2月28日(火)の夕方、水分補給の点滴を受けた状態で自動車に乗り込み、
タンザニア側に110㎞離れた町アルーシャにある大病院へ向かいました。


しかし、19時頃、
大病院に着く手前、自動車の中で、
帰らぬ人となってしまいました。


シャドラックくんは、
2017年3月以降の地球を経験することがありませんでした。


遺体はその大病院の遺体安置所に預けられ、
両親と関係者はナマンガの家に帰宅し、
早速葬式に向けての話し合いが始まりました。


キラキラ側は、
翌3月1日の朝に連絡を受け、
何人かの先生は声に出して泣き、
涙で目が真っ赤になったままその日の夕方を迎えるほどでした。


私とジャシンタ先生は、
連絡を受けた朝、
早速シャドラックくんのお父さんとお母さんを訪ねました。


ジャシンタ先生は、
屋内にいたお母さんと一緒にしばらく泣いていたようです。


私は、屋外にいたお父さんと一緒に腰かけ、
言葉もなく、しばらく寄り添っていました。


そして、葬儀準備の動きが始まり、
私も早速写真のプリントで協力しました。
誰よりも多くシャドラックくんの写真を撮ってきたのは、
学校のカメラマンである私でしたから。


キラキラでは、数日後に、
ビリカ・キャンパスにて運動会・植樹会を予定していたのですが、
それはすぐに延期としました。


そして、1年前に年少組のサムエルくんが不慮の事故で亡くなった際の額に応じ、
各児童20シリング、各保護者100シリングの募金を始めました。


また、葬儀当日にスクールバスで葬儀に同行する希望者のために、
各自200シリングも集め始めました。


毎晩、シャドラックくんの家の庭では、
葬儀準備委員会の会合が開かれ、
毎晩毎晩私とジャシンタ先生も出席しました。


PTA役員会も召集し、
既に私とジャシンタ先生が始動していた諸々のことの確認と、
具体的な準備や、学校としての姿勢について、話し合いました。


葬儀の2日前の夕方、
キラキラの教職員全員と、
PTA役員および保護者の有志と、
キラキラの児童・園児の有志とで、
シャドラックくんの家を訪問し、
屋外で、お父さんも交えて、
励ましの集会をもちました。


その後、屋内にいたお母さんのところに、
励ますために入って行った教職員・保護者の皆さんは、
みんな一様に泣き顔で出てきました。


小学校調理のジュリアナ先生は椅子に座り込んで涙を流し続け、
保育園調理のジョイス先生は歩き回りながら涙を流し続け、
バスの運転手のジュリアス先生すらしばらく泣き顔で、
そういった姿を見たキラキラのこどもたちの何人かも、
涙をこぼしていたようです。


シャドラックくんは、
学校での食器洗いのお手伝いが大好きだったようです。


まだ若くて未婚でこどものいない男の先生たちと違い、
こどもも孫もいるジュリアス先生の男泣き、納得です。


こういう時は、
悲しみのために無気力・無機能となる人と、
悲しみを覆い隠すために気分が高まって仕事こなす人とに分かれるようです。
キラキラでも、前者となった先生方がいた一方で、
後者として、私以外にも、
保育園のスワレ先生や小学校のナオミ先生などがいて、
募金などの収集・計算・やり繰りに大活躍してくれました。


そして、金曜が終わり、
翌3月4日(土)の葬儀で会いましょうということで、
教職員たち、児童や園児たちとお別れました。


その金曜の晩、葬儀を翌日に控えた最後の葬儀準備委員会の会合は、
久々に降った雨の中で、
みんな傘をさしたり雨に濡れながらの話し合いになりました。


干ばつで苦しんでいたケニアで、
この雨は大地にとっての祝福。


シャドラックくんのために流れた涙も、
当座は悲しみの雨なのでしょうが、
ゆくゆくは祝福の雨になるに違いありません。


相原功志☆キラキラ☆ナマンガ☆ケニア


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by kjkirakira | 2017-03-03 23:53 | 現地で 小学校

24時間戦えますか?

仮設校舎(中国製組立式住宅)の基礎部分の全表面を、
コンクリートでかためる作業の日がやって来ました。

基礎は8メートル×40メートル、
5教室分であり、これまでにない大きさ。

たとえ何人がかりだったとしても、
1日で終えようとするにはちょっと無謀な大きさです。

しかし、この作業は、
コンクリートにひびが入らないように、
何日かにわけてやらずに、
1日で仕上げるべきなのです。

しっかりと準備をして、
職人の人数(棟梁3人+助手12人)も最低限そろえ、
いざ、決戦の日を迎えました。

職人たちも、その日は普段とは違うという自覚があり、
早起きして集合場所にやって来て、
戦闘態勢に入っていました。


いつもよりじゃっかんハイテンションで、
笑い話をしながら作業のスタートです。

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セメントと砂と砂利を混ぜてコンクリートを用意する作業は、
棟梁ケンさん(赤いシャツ)が指揮を取り、
ひたすらひたすらセメントと砂と砂利と水と格闘していきます。

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出来上がったコンクリートを荷車(一輪車)に載せて、
次から次へと基礎の表面に運び入れていきます。

棟梁のムワンジアさんとワイヘンニャさんが、
コンクリートをきれいに施していきます。

荷車を押しているこの太った人はキラキラのスクールバスの運転手ジュリアス先生。
普段はバスを運転しますが、この日は荷車の運転です。

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1教室、すなわち20%が終わったところで、
セメントが予想よりも多く消費されるだろうということがわかり、
あわてて業者に注文です。
何と、1袋50㎏のセメントを100袋(7万円分)一気に注文です。

幸い、遅れずに70袋が届きました。
しかし、これだけでは足らなくなるので、
残りの30袋をひたすら待っていたものの、
業者の事情で配達されないことに。

そこで、大急ぎで建材運送をやっている
キラキラ2年生エンジェルさんのお父さんに電話して、
ピックアップ車でセメント30袋を届けてもらいました。

さらに、砂利が足らなくなりそうだとわかり、
エンジェルのお父さんに砂利も調達してもらいました。

実は、このエンジェルさんのお父さんは、
自己主張の激しい人で、
過去2回、曲がったことが大嫌いな私と激しい口論をしたことがあったのです。
今回、初めて一緒に仕事をすることができ、
私も嬉しく、エンジェルのお父さんも大喜びしていました。
似た者同士は、仲悪くもなれますが、
とっても仲良しにもなれるものです。

水も大量に必要で、
いつもトラックで給水してくれるサムソンさんが、
何と3回もやって来るほどでした。
1回につき5000リットル=3回で15000リットル!

1教室(20%)が終わった時点で、
全作業終了時刻を楽観的に夕方の6時と予想したのですが、
2教室目が思ったほどはかどらず、
予定終了時刻は徐々に徐々に遅めに設定し直されて行きました。

昼は建設、夜は夜警の仕事をしている助手のディクソンさんとピーターさんは、
18時になった時点で、惜しみながら建設現場を後にしていきました。

もう一人、夜は夜警の仕事をしているレイモンドさんは、
この日は建設に集中する!と覚悟を決めて、
夜警は電話で代わりの人に依頼し、
ずっと建設現場に居続けました。
このレイモンドさんは、
キラキラ保育園年長組のユーニス先生の旦那さんです。

こうして、3教室(60%)が終わった時点で、
日が暮れて、夜の部に突入していきました。

懐中電灯を片手に、
または、小さな懐中電灯を帽子に装着して、
見えにくい中での作業です。
スクールバスのエンジンを入れ、
そのヘッドライトで作業場を照らしますが、
さすがに日中ほどには周囲を見渡すことができず、
作業は難航します。

ここで中断して翌日に続ければいいじゃん、
というコメントもあるでしょうが、
覚悟して、戦闘態勢に入っていた職人たちが、
一度リセットして翌日出直すことはもはや不可能なのです。
たとえ何時間かかっても、一気に成し遂げるべきなのです。


私から、パンと牛乳の差し入れをします。
空腹と疲労が少しでもまぎれるように。
パンがこんなに美味しかったとは!
私も何か胸が熱くなります。

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みんな、だんだん無口になっていきます。
逆に、何人かはハイになって、
みんなを先導していきます。

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ナマンガの街から6㎞離れた建設現場のビリカからは、
ナマンガの街が眺望できます。
夜景もきれいです。

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4教室目に異様に時間がかかり、
みんな疲労困憊で、交替で仮眠を取りながら、
午前0時、最後の5教室目に突入です。

夜中にハイになった棟梁のムワンジアさん、ケンさん、助手のスワレ先生(保育園の事務主任)が、
ひたすら輝いて見えます。

私も、立った状態でもうとうとしてしまうので、
歩き回ったりして何とか自覚を保ちました。
私が崩れて投げ出してしまったら、
職人みんなの士気も一気に落ちるでしょうから。

2時、
3時、
4時、
黙々と作業が続きます。

5時、ようやく終わりが見えてきました。

6時、
スクールバスの運転手ジュリアス先生が準備を始めなければなりません。
居眠り運転しないように、私も一緒にバスに乗り込み、
ナマンガの街中のアンボセリロード・キャンパスに向かいます。

そこで大急ぎで何人かの先生方と話をして、
3・4年生たちをバスに乗せて、
ビリカの建設現場に逆戻りです。

到着した7時、
作業自体は既に終了し、
職人たちが後片付けも終えようとしていました。



完成図。
計15人の職人たち(戦士たち)の戦の後です。

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後片付けを確認し、
職人たちに給料を手渡します。
普段の3倍くらいの額(助手は1500円程度)です。
疲労困憊のために、みんな無表情で受け取りますが、
みんな満足して嬉しくなるくらいの額です。

運転手のジュリアス先生だけは、
大喜びの満面の笑みを見せてくれました。

夜警が終わって朝を迎えていたディクソンさんとピーターさんがやって来て、
「えぇ!今までかかったの!お疲れさま!」と言いながら、
他のみんなの半額の給料を受け取りました。

そして、職人みんなでバスに乗り、
8時、ナマンガの街に帰着しました。

私はお湯で体を洗い、
美味しい大量の食事をとって、
すぐにベッドの中に入って爆睡です。

保育園の事務主任のスワレ先生も、
ちょこっとだけ園に顔を出して早退し、
今日は寝る!と言っていました。

運転手のジュリアス先生も、
夕方のスクールバス出動の時間まで、
建設したての空き教室で横になって寝る!と言っていました。

ビリカの調理・用務員のネルソン先生も、
仕事は奥さんに任せて今日は寝る!と言っていました。

私自身、
大学生時代に何度か試験勉強などで徹夜はしたことはありますが、
今思うと、体を使わずに徹夜するのは楽です。

大学病院での研修医時代に、
病院内をあちこち走り回りながらほぼ徹夜したことはありますが、
やはり、試験勉強などと比べられないくらい過酷です。

今回、体を目いっぱい使った作業での徹夜。
まさに、朝7時から翌朝7時までの24時間フル稼働、
本当に過酷でしたが、
何か胸が熱くなり、感謝と優しさで心が満たされ、
15人の男たちと一体になれた、
貴重な経験になりました。

朝、私たちを迎えた他の先生方もびっくり仰天。
キラキラのレジェンド(伝説)として、
私とジュリアス先生、ネルソン先生、スワレ先生の武勇伝は、
これからも語られていくことでしょう。

もちろん、次回同様の作業を行う時は、
さらにさらに入念に準備をして、
より短時間で終わらせるための努力をしなければなりませんが。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-27 23:50 | 現地で 小学校
中国製仮設校舎の基礎部分。
地面よりも少しだけ高めにつくるため、
土で満たさないといけません。

8メートル×40メートルの基礎は、
これまで経験した最大レベル。

毎日男7人がかりで、
近くの地面の盛り上がっている部分を掘って、
その土を基礎の中に入れる作業を、
ひたすらひたすら金土日月火水木金と続け、
ようやく金曜に基礎が土で満たされました。

土で満たされた上に、
石をまんべんなく置いていきます。
その石は、全て3・4年生たちが先生たちの監督のもとで拾ってきたものです。
計約90人くらいのこどもたちが、
1週間余りのうちで、トラック3台分くらいの石を集めて来てくれました。

まさに、みんなでつくる学校、です。

石をまんべんなく散りばめ、
その上に砂をかぶせ、
最終的にコンクリートで蓋をして、
基礎の作業は終了となります。


朝6時40分、
3・4年生の第一陣と一緒に、
職人たちもスクールバスに乗り込んで、
ビリカに向かいます。

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ひたすらひたすら土を運び入れます。

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表面は石を散りばめます。

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大勢のこどもたちが、
雪崩のように石を運んで来ます。

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ときどきこうやって基礎の上に登って、
何か楽しいことを探します。

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職人の一人として働いている、
スクールバスの運転手のジュリアス先生が、
袋に満たした土を運んでいるところで、
こどもたちがダンスと歌で激励し、
それに応えてジュリアス先生もダンスしながら運びます。

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私自身も、
キラキラのこどもたちがいる場所で、
建設作業に取り組むのが念願でした。
こどもたちに、いかにキラキラが建てられて行くかを見せたい!
こどもたちに、いかに私や男たちが頑張って作業しているかを見せたい!

キラキラのこどもたちには、
愛情と勤労精神あふれる大人になってほしいと願います。

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-24 23:35 | 現地で 小学校

みんなでつくる学校

キラキラ小学校は、
1学期の中間試験シーズン。

4年生たちは、
新しい大きな教室で、
カンニングなどしないように、
机を増やして、
普段は3人がけのところを2人がけにして、
机と机の間隔も広げて、
まるで日本のセンター試験さながらの感じで行います。

彼らが8年生となり、
小学校卒業試験(国家試験)を受ける頃、
無事にキラキラで試験を実施できるようになり、
こんな感じでプレッシャーなく試験に臨めれば良いですね。

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中間試験のために変則時間割です。
その試験と試験の間の休み時間には、
児童総出で建設のお手伝いです。

中国製組立式住宅(仮校舎)の基礎工事のために、
数日後に必要となる大量の石を、
こどもたちに拾って来てもらうのです。

教室のある周辺には石がないので、
普段は行かない隣接地まで行ってもらいます。

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キリマンジャロ(山頂が見えている)を眺望しながらの石拾い。
景観好きの日本人にはたまらないでしょうねぇ。

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建設職人たちは、
黙々と、あるいは、歌を歌いながら、
基礎の石レンガを積み重ね、積み重ね、
何もなかった大地に構造物が出現です。

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-16 23:19 | 現地で 小学校

キラキラ体育学校

キラキラ小学校は、
体育に力を入れる学校を目指しています。

それは、キラキラの3大テーマ、
①楽しい学校生活
②自立
③各児の才能開花
にもかなっていることです。

お勉強でぱっとしなくても、
体育に才能がある子たちにチャンスをふんだんに与えたい。

学科の授業が退屈でつまらなくて、
まるで懲罰のようだとしても、
体育があることで楽しい学校生活にしてほしい。

また、実社会で役立つ知識や技能として、
文系よりも、理系よりも、
体育会系的な訓練が重要です。
それは、チームワークであったり、
あちこち体を動かしながら働くことであったりします。
例えば、教師という職業もまさに体育会系的です。
つまり、体育を重視することで、
実社会での自立も促すことができるのです。

もちろん、3大テーマを全うするうえで、
弱者に寄り添うことは忘れてはならず、
体育嫌いの子、体育が苦手な子の存在も忘れてはならず、
十分に配慮していかなければなりません。


建材調達が遅れて、
前日に引き続き建設が休みになったこの日、
1・2年生部門の体育の時間にまるまる立ち会うことができました。


男子たちの短距離走のスタートです。

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1・2年生でも十分に迫力がありますから、
高学年だとなおさらです。

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往路の軽い登りに比べ、
復路の軽い下りはスピードも増します。

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女子たちです。

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こちら、ネットボール。
先日設置したゴールポストが大活躍です。

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ネットボールは、簡単に言えば、
バスケットボールからドリブルを排除したもの。
3歩まで歩いて良いのですが、
すぐにパスを出すかシュートしなければなりません。
アフリカの学校での、
でこぼこの地面(ボールがイレギュラーバウンドしてしまう)、
傾斜のある地面(ボールをドリブルしにくい)、
とげとげや石などが多い環境(ボールがすぐにパンクしてしまう)、
ボールの質が悪い(空気が多少抜けてもパスだけなら問題ない)、
といった状況にうまくマッチした球技なのです。

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体育を通して、
キラキラのこどもたち、ナマンガの原石たちが、
健全な心と体を育くみ、
黄金の強さと価値と輝きを得ることができますように。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-14 16:36 | 現地で 小学校

家族のための力仕事

仮設校舎?(中国製の組立式住宅)の建設で、
まずは基礎の溝を掘り、
いよいよそのコンクリートの作業が始まりました。

監督1人(私です)、
棟梁2人、
助手7人、
計10人の男たち。

うち、
父親は8人(私もです)、
もうすぐ父親になるのが1人、
まだ独身なのが1人。


早朝のキリマンジャロが
男たちの新鮮なやる気を引き出してくれます。

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建設現場は灼熱の太陽の真下です。
家族を養うために、
男たちは太陽に焦がされながら必死に働きます。

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基礎の溝の一番下に、
鉄筋を組んでいきます。

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その鉄筋を覆うように、
コンクリート(セメントと砂と砂利を混ぜたもの)を施していきます。

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この日、
9人の男たちを雇うことができ、
その9人全員に日雇いの賃金を手渡すことができ、
それぞれの家庭を潤すことができ、
何故か、感無量で胸が熱くなりました。

家で「パパ、お疲れさま」「やれやれ、飯が美味しいなあ」という男、
実家に早速仕送りする男、
家計を支えるために、夜は夜で夜警の仕事に出かける男、
それぞれに、神様の守りと祝福があるよう、切に祈ります。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-12 23:42 | 現地で 小学校

教員交換日

2017年2月10日(金)
キラキラ初めての試みとして、
教員交換を行いました。

アンボセリロード・キャンパス(1・2年生)の教員である
レジナ先生、ドロシー先生、ナオミ先生がビリカ・キャンパス(3・4年生)へ、
逆にビリカ・キャンパスのポウリーン先生、アレックス先生、ジョージ先生が
アンボセリロード・キャンパスへ行って、
いつもと違う環境で、いつもと違う学年の子たちを指導する、という企画。

その狙いは、
・先生方に刺激を与える
・児童たちに刺激を与える
・先生方の新しい気付きを促す
・学校の問題提起と解決を促す
といったこと。

同時に、たまたまこの日の建設は、
職人4人(ビリカの調理人ネルソン先生とバスの運転手ジュリアス先生を含む)が、
ビリカ・キャンパスとアンボセリロード・キャンパスの2カ所にて、
走り高跳び用のポールと、
ネットボール(バスケットボールに似た球技)用のポールとを設置するという作業。
もちろん私の監督下です。


レジナ先生が、真新しい4年生の教室の教壇に立っています。

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調理人は交換しませんが、
ビリカ・キャンパスの調理人ネルソン先生が建設部門の日雇いに明け暮れている間は、
その奥さんであるザイナブさんが代わりに調理してくれます。

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ビリカ・キャンパスのグランドに、
ネットボール用のコートを白い粉で描き、
ゴールを設置しました。
ここに網のようなものを取り付けると完璧になります。

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アンボセリロード・キャンパスに移動して、
アレックス先生たちと一緒に楽しそうに遊ぶ1・2年生たちを嬉しく眺めます。

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サッカーをする男児たちは、
まず円陣を組みます。

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アンボセリロード・キャンパスに設置した
走り高跳びようのポールです。

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アンボセリロード・キャンパスに3年前に植えたザクロの木です。
ミスター・キラキラことジョゴーくんの寄贈です。
ようやく大人の背丈を超えるくらいになり、
赤い花が咲くようになりました。

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小さなザクロの実もちらほら。
そのうち食べられるくらいの果実が得られるようになるのでしょうか。

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最後にもう一度ビリカ・キャンパスに移動し、
3・4年生たちが下校のバスに乗るのを見届けます。

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学校生活を楽しむ児童たち、
学校での仕事を楽しむ教職員たち、
学校での建設を楽しむ職人たち。
私も自ずと楽しくなります。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-10 23:58 | 現地で 小学校
アフリカの至る所に経済進出する中国。
エジプトのカイロと南アフリカのケープタウンを結ぶアフリカ縦断ハイウェーの一部である
ナイロビ~ナマンガの道路の舗装やナマンガ国境の整備も、
中国企業が請け負っていました。

その数年間に及んだ建設業務が一段落し、
中国企業の団体様がナマンガを出て行く日が近付き、
いろいろなものがナマンガの人たちに寄付されたり安価で売られたりしています。

私たちも、熟考したうえで、
5教室分くらいの規模の組み立て式住宅を購入することにしました。

キラキラの小学校建設が、
資金面や計画面で多少行き詰まったとしても、
確実に5教室が確保されていることは心強いです

さらに、1学年1クラスを想定している学校運営が、
1学年2クラスになってもすぐに対応できるようになります。

そして、将来的に、
キラキラ小学校の寄宿舎としても、
キラキラ高校も建てようというときにも、
スタッフたちの宿舎としても、
いろいろな用途で利用できるのです。


朝日を浴びるビリカ・キャンパス。
さあ、今日も一日、
太陽の恵みを受けて生きていこう!

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これらのパーツを組み合わせて、
建物を建てていくことになります。

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基礎だけは予め自分たちで建設していく必要があります。
基礎工事のための溝を掘っています。

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夕方ビリカ・キャンパスに遊びに来たノゾミさん(2年生)とヒカリさん(年長組)。
水を得た魚のように、新設の鉄棒にまとわりついてぐるぐる回っています。

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-09 23:34 | 現地で 小学校

三教室の建設終了

月曜日は学校での国旗掲揚の日。

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屋外休憩所です。
このたび木製から金属製に交換しました。
シロアリが多すぎて、
以前の木製の椅子が1年後には崩壊してしまったので…。

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番犬さんには4匹の子犬がいます。

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三教室の外観です。
塗装はセメントが完全に乾ききった頃、
学校が休暇に入る4月に行う予定です。

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反対側から見るとこんな感じ。

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三教室の中で、
一教室は当面の間の建材置き場とせざるを得ないので、
一面の壁と床のセメント仕上げができませんでした。

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三教室の全面は廊下(ベランダ)です。
ここも、建材の出し入れが終わるまでは、
床をセメント仕上げせずにしておくことにしました。

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三教室の前部に、
建材の砂利、砂、コンクリートの型となる材木、はしごなど、
まとめておきます。
次回の建設時にこれらが再度活躍します。

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三教室の背部です。

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山から下って来る雨水が、
建物に直接当たらないように、
大きな溝を掘ったりして予防するのです。

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次回の建設時に食堂ホールを建設する位置に、
三教室周囲を掘って得た土を置いていきます。
そうすることで、食堂ホールの基礎工事がしやすくなるのです。

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こちらは鉄棒!
ナマンガ初の鉄棒かもしれません。
うちのノゾミとヒカリが日本で、
鉄棒遊びが大好きで大好きで、
逆上がりができたことをとっても誇りに思っていたのを目撃し、
これはぜひナマンガでのつくりたい!と願望していたのです。
この度、それが実現しました。
自ら建材屋さんで材料を確かめ、
自ら溶接職人さんに説明し、
自ら組み立てて、形になりました!
急に慣れていないこどもたちに開放することはできないので、
明日からしばらくは体育の時間限定で先生の監督の下で遊んでもらおうと思います。

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-06 23:07 | 現地で 小学校