アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28
そして、一時帰国2010、最後となります。

キラキラ総会の翌日、炎暑の埼玉県東部、春日部市にある
「のびのび教育テラコヤ」に出張してまいりました。
春日部市民のしんのすけに言わせたら、「のびのびぃ~」って感じ?

b0124020_062072.jpg



「テラコヤ」といっても、要するに「塾」です。
学習塾というか、補習塾というか。
でも、普通の塾ではないというのを標榜し、
テラコヤを名乗って頑張っているのです。

詳しくはこちら↓
http://nobinobikyouiku-terakoya.schools.officelive.com/default.aspx

U先生は、色々な塾講師を経験されてきた上で、
その経験とノウハウを生かし、
生徒にとっていちばん教育上ためになるテラコヤ経営を目指していらっしゃいます。

キラキラ支援者のYさんが、
キラキラだより4月号のスコラに関する記事を、
ぜひに!とU先生およびテラコヤの生徒さんたちに読んでもらったのがきっかけで、
U先生と中3の生徒さん2人がさいたま国際友好フェアのキラキラを訪ねてくださり、
知り合った、というわけです。

理想の教育を目指している者どうし、意気投合し、
では一度テラコヤ訪問!、ということになったのです。

何でまた塾なんぞに講演しに行くんだい?
とうちの親に訊かれたくらい、
常識的にはあり得ない塾経営。

東武伊勢崎線の一ノ割駅から歩いて少々。
公園のそばに、ありました。

小さい玄関を入ってすぐ、テラコヤの畳の部屋です。
そこに正座したり寝そべったりしながら勉強するのです。

テラコヤ1周年記念の遠足に行って来たときの写真が壁を飾っていました。

さて、中3が3人、中2が2人、小5が1人来たところで、
早速私の話を聴く段となりました。

少人数ですので、いろいろと質問しながら話を進めていきます。
「この写真を見て何を思った?」
「このグラフを見て何がわかった?」
「1000円だと春日部では何人が定食屋さんで食事できる?」
「『私はサッカーをします』『私はピアノを弾きます』『私は遊びます』って英語で言ってみて」
などなど。

逆に、「お!」と驚くいい質問もしてくれます。
とくに、世界の地域別、国民一人あたりの所得を年ごとに示したグラフで、
先進国がずば抜けて右肩上がりで伸びていった一方で、
アフリカ諸国が貧困のまま伸びずに低迷していたグラフを見て、
「あれ?急に途中から貧しくなってるところがある!」と目ざとく発見。
そう、中近東地域のことです。
ちょうど、イラン・イラク戦争が始まったり、
ソ連がアフガニスタンに侵攻したり、
レバノンが内戦だったりした、
1980年頃を境に、
それまで先進国に追いつくばかりに伸びて来ていた中近東の経済が、
がくんと右肩下がりになってしまったのです。

まぁ、暑くて暑くて大人たちも仕事がはかどらないくらいの日々ですから、
小中学生相手の説明で、多くを得てほしいとは欲張りません。
何か一つでも心に残って、後で思い出してもらえればよいのです。
「1000円で100人分の給食がまかなえる」とか、
「アフリカのこどもたちは外遊びが中心」とか、
「アフリカのこどもたちは学校に行けることが楽しくてたまらない」とか。

さて、閉会後、生徒さんたちは一先ず帰宅。
空いた時間に、U先生はこの後にやって来る6年生たちの授業の準備です。

6年生が5人そろって、授業スタートです。
前の時間の流れで、その日はあえて机を出さずに、
畳の上に座ったり寝転がったりしながら授業することになりました。

授業はどの学年も、毎回必ず道徳の読み物と小作文から始まります。

その日の道徳は、
お金の大切さを知り、両親に感謝するということ、
少しくらい汚くても良しとする、
の2点でした。

その日の小作文は、
今日自分がした労働について、
今いちばん応援したい人、
の2点でした。

労働といっても、働いてお金をかせぐばかりではなく、
自分も他人も含めて心身に働きかける行為すべてが労働と考えれば発想は膨らみます。

今いちばん応援したい人を、「テラコヤ」と書いた生徒さんがいました。
センスいいね!

続いて、5・7・5の川柳を作ります。
川柳をはがきに書いてみんなで応募しよう、というのです。
お題はいくつかあります。
みんな、いろいろ考えて、先生に助け船を出してもらったりしながら、
仕上げていきました。

「先生」というお題で、
「先生は、いろいろ教える、おせっかい」
という川柳を作った少年、
傑作です!
彼もほめられたことを知り、U先生に対して何度も
「先生は、いろいろ教える、おせっかい」
と繰り返し、場を和やかにしていました。

6年生たちが帰宅した後、
中2を迎える準備です。

中2はこの日3人。
一人は、野球部でピッチャーとして活躍する少年。
炎天下の日中に体力を尽くし、熱帯夜の晩にテラコヤ。
全ての基本は体力と健康だと、今さらながら思い知ります。

寝転びながら、毎度の道徳と小作文を終えた後は、
英語を一人一人のペースで学び、U先生はその手助けです。

いやぁ、いいもの見せてもらいました。

しかし、週2回だけ会う生徒さんに対して、
勉強面でもしつけの面でも、できることは限られています。
理想に近づけるためには、
まだまだ克服しなければいけない課題が山積しているようです。

しかし、それよりなにより、
安い授業料と、決してごまかしたり減らしたりしない授業時間数とで、
U先生がくたくたになってしまわないことを祈ります。

そういえば、私も、キラキラを初めて最初の3年くらいは、
資金も底を突きそうで、朝から夜まで奴隷のように働いて、
よくもまぁ耐えることができたものです。

しかし、そうした苦労が実り、余裕と要領と体力とを得て、
今の安定(といっても盤石とは言えませんが)があるのです。

儲けようとすると、いい仕事ができなくなるし、
いい仕事をしようとすると、儲けは一時的に遠のいていきます。
しかし、そう、「一時的」なのです。
儲けが一時的に遠のいたとしても、いずれは見返りがあるものです。

U先生にも、無理しすぎないで、頑張ってほしいな。
お互いにこれからも励まし合いましょう。




☆☆



さて、一時帰国2010、最後の1週間は、
キラキラからはなるべく離れ、ほとんど自分のために費やしました。

そして、7月28日、成田からトルコ航空でケニアへ。

八王子のOさんの言い方を借りれば、
「日本よ、ありがとう」

ケニアに30日の午前1時に到着。
黄色いタクシーで空港から、ナイロビの宿へ移動。

その日の午前中には、ナイロビのNyayo Houseへ赴いて、
就労ビザの更新手続きを終わらせました。
数か月後に、無事に難なく就労ビザを更新できていることを祈るばかりです。

ナマンガに戻り、早速日常業務と日常生活の再開です。
日常業務といっても、
キラキラ保育園の方は既に2学期を終えて夏休みに入ってしまっていたので、
毎週土曜の補習塾(テラコヤ?)と、
ケニアを留守にしていた4か月間の事務や会計の監査とまとめ、
3学期の準備、などなど、
毎日のようにキラキラに通って書類やパソコンと格闘です。

一時帰国2010を振り返るブログを一気に更新しましたが、
ケニアでの業務が一段落したからというわけではありません。


さぁ、これからも、ときどきケニアのキラキラでの業務の傍ら、
気が向いたときにブログを更新していきますので、
ときどき訪れてみてください。

ジャシンタからも、うちの小さいのからも、
「日本へよろしく」

b0124020_052794.jpg





キラキラ・プロジェクト
コーディネーター

相原功志 記
[PR]
# by kjkirakira | 2010-08-19 00:13 | 日本で 活動報告
チャリティーコンサートの翌日は、一時帰国2010を締めくくるべきキラキラDay。
朝から晩まで東京広尾のJICA地球ひろば近辺で過ごしました。


第一部は10:00~キラキラだより発送作業。

予め飯田橋のボランティアセンターで印刷しておいたキラキラだよりなどを折ったり、
他の同封物(こどもの絵手紙や領収書など)を合わせて封筒に入れていく作業です。
封筒ごとに、封入物が違ったりするので、分類・仕分けが大変です。

キラキラ支援者コノコノFさん、
5月に宇都宮での講演会を聴きに来てくださったIさん、
6月のアフリカンフェスタの2日目にmix経由で来てくださったHさん、
同じく1日目にmix経由で来てくださったSさんと、
彼の白鴎大学での国際交流サークル「トムソーヤ」のメンバー2人、

せっせせっせと折ったり貼ったり入れたり、
12時には完璧に100以上の封筒が出来上がりました。

次回からは飯田橋のボランティアセンターにて行うこの発送作業。
毎回人手は最低4人は欲しいものです。

トムソーヤの3人は所要のため帰られ、
残った面々はお昼ご飯をコンビニ弁当で済まし、
午後となりました。


第二部は13:30~報告会

2002より知り合いの埼玉仲間Sさん、
キ・アフリカ系で、これまで3度も現地キラキラを訪問されたSさん、
現地サイディアフラハに長期滞在された際にキラキラも訪問し、4月のキ・アフリカでの講演を聴きに来てくださったMさん、
アフリカンフェスタの2日目にmixi経由で来てくださった☆Hさん、
2003のアフリカ縦断旅仲間で、2004年にキラキラ創立前のナマンガを訪問したHさん、
を加えました。

初めて聴く方もいるので、いつもの通り、
アフリカのこと、ケニアのこと、キラキラのこと、こどもたちのこと、
一通りの説明をします。

おひとりおひとり、自己紹介もしていただきました。


第三部は15:30~総会

キラキラの日本側(キラキラを支える会)、
キラキラのケニア側(キラキラ・プロジェクト)に分けて、
2008年期、2009年期の活動報告・会計報告、
さらに、2010年期の活動計画・予算案と、
決議していきます。

さらに、

キラキラを支える会に関しては、
2010以降の役員(運営委員)の確認、
業務分担や活動内容の確認、

現地キラキラに関しては、
コーディネーター手当、
マリア・スコラ・アブラハムといった特別児童支援の募金の具体的な使い方、

などなど、決議していきました。


総会後、まずは、JICA地球ひろば1階にあるカフェフロンティアでコーヒー。


その後、わたみへ移動し、
残った7人で、飽きることなくアフリカ関連の話に花を咲かせました。

旅仲間Hさんの、2001~2006に及んだ世界旅の話は醍醐味があります。
彼の世界旅の途中で、キラキラとの接点が生まれたわけですね。
出会いはいつどこであるかわからないものです。

栃木のIさんは、アメリカが好きでいろいろ旅行してきたが、
結局心はアフリカに向かいつつある、と。

アフリカに打ちのめされて、
アフリカに帰っていく…

これは、海外旅行のガイドブック「地球の歩き方」東アフリカ版のキャッチフレーズです。

本当に、
初めての海外がアフリカだった人も、
あちこち旅行して最後にアフリカに行きついた人も、
最後はアフリカに帰ることになるから不思議です。

盗難・詐欺・病気・事故・不便…
こうした様々なストレスがあってもなお、心はアフリカに帰っていくのです。

そんな人たちと、キラキラ絡みで、たくさん知り合いました。

ナイロビのダンドーラで、とっても苦労した若者Tさんが、
2008のアフリカンフェスタでキラキラの販売を手伝いながら、
お客さんに、
「ここが、アフリカで日本人がやっているプロジェクトの中で、
いちばんまっすぐなプロジェクトです!」
と宣伝してくれていました。
ナイロビで人一倍汗水流した彼だからこそ、説得力のある言葉だと、
ありがたく受け取りました。

キラキラは、これからも、
そんな「まっすぐなプロジェクト」を目指していきます。



総会の報告は、また別の形でさせていただきたいと思います。


この場を借りて、
様々な形でキラキラに携わって来られた皆さま、
深く深く感謝申し上げます。



相原功志 記
[PR]
# by kjkirakira | 2010-08-18 20:37 | 日本で 活動報告
千倉のOさん(ガラス工房GLASS FISH)の
お母さま(以後、八王子のOさん)は、
ティースプーンの会を主宰しています。

ティースプーンの主旨は、
世界のどこかで助けを求めている人たちに、
小さじ一杯のお砂糖をおすそわけしよう、ということです。

この主旨にのっとり、
毎年チャリティーコンサートを開催してきました。
2008年以降は、キラキラも支援対象に加えていただき、
甘いお砂糖をいただいてきました。

あ、言うまでもありませんが、
砂糖とはあくまでもたとえで、実際は寄付金です。

毎年12月に開催されているのですが、
今年は会場の都合で急きょ7月開催に決定。
冬には一時帰国しない私にとっては、
初めてコンサートを聴きに行けるわけですから、嬉しい限りです。

今回は、前もって八王子のOさんのご自宅を訪問し、
コンサートの準備段階から見届けることができました。


コンサート当日。

新宿から京王線に乗って、仙川駅下車。
駅前には小さいけれども活気のあるおしゃれな商店街。
そこを抜けると、桐朋学園の敷地。
校門を探し、案内の人の説明のままに小学部の校舎を探し当て、
中に入るとすぐ、会場となるプレイルームがありました。

Oさん、受付の辺りでかいがいしく準備に余念がありません。
ティースプーンの会員の皆さまも、しっかり待機しております。
キラキラ支援者のIさんとも初対面です。

受付付近にキラキラの写真パネルを掲示し、
コンサートに来る人たちに見ていただくようにします。

キラキラ支援者で、
キラキラを立ち上げる前の2003から知り合いのFさん、
ご長男のMくんと一緒にコンサートにいらっしゃいました。
何と、Fさん、この会場となる桐朋学園のOGなのです。
Mくんのお父さんはアフリカの人。
Mくんのそばにいると、私もケニアに残してきた娘を思い出し、
自分のこどもと一緒にいるかのように嬉しくなりました。


早速開幕です。

第一部は、湘南にあるフラダンスの会から、
小学生女子3名+高校生女子3名によるフラダンスです。

観る前は、学生のクラブ活動レベルなのだろうと思い、
それでも楽しそう、程度の期待しかなかったのですが、
ところがどうして!
プロ並みの技術で、表情も豊か、コスチュームも鮮やか。
また、小学生や高校生だからこそ、大人のフラダンスとは違った魅力があるのです。
見とれて、あっという間に時間が過ぎていきました。

キラキラ支援者筆頭のWさん、
千倉のOさんの奥さんと娘さん、
残念ながら遅れて来たので、最初のいいところを見逃しました。

第二部は、Cosgroove氏ら英米人3名によるジャズ演奏です。
お名前など、詳細を宣伝したいところなのですが、残念ながら手元に資料がなく…
ピアノと、サックスと、ベースギター(コントラバス)。

はぁ、ジャスってこういうのかぁ、と感心するとともに、意外に面白く、
楽器が奏でるだけではなく、楽器でしゃべっている感じで、
魅了されました。

最後に、八王子のOさんの大好きなアメージンググレイスを、
観客全員で手をつないで「ららら」で歌い、
終幕となりました。


終幕後、チケット売り上げ総額の発表です。
その額の一部を経費としてティースプーンが取り、
一部をフラダンスの会とジャズ音楽家たちが足代として取り、
残りのほとんどの額を、キラキラと、AS友の会とで、分け合うことになりました。

AS友の会のASとは、脊椎の難病で、患者の数もきわめて少なく、
有効な治療法もまだほとんど確立されていないものです。
なんと、その会の代表のI先生は整形外科医であり、
そのASの研究をされていたのですが、
ご自分がそのASにかかってしまった、というのです。

私もキラキラの代表として前に呼ばれ、観客の皆さんの見守る中、
おすそ分けの砂糖(寄付金)を受け取りました。

さらに、フラダンスの高校生たちが足代として5000円受け取った時に、
その全額をそのままキラキラに寄付してくださる、ということになったのです。
彼女たちダンサー6人と、引率の先生2人は、
大きな自動車に乗り込んで、湘南へと帰って行かれまsた。

また、ジャズの3人のうち、正式に招待を受けたのは1人で、
あとの2人はチャリティーだからと、奉仕で来てくれた、とのことでした。
さすが、チャリティーに関しては意識の高い英米人。
私も、こういうところは大いに見習いたいものです。
さらに、音楽CDを寄付してくださいました。

別れ際、八王子のOさん、「アフリカによろしく!」と。

「豪快なあいさつ、さすがだわ」とWさん。

アフリカへの「よろしく」、しっかり伝えます!


チャリティーだから、3000円払ってあげましょう、というのではなく、
とても良いコンサートだったから、3000円払ったかいがあった!という感想でした。

良いものにお金を払い、結果的にそれが支援となって生かされていく。
チャリティーコンサートの真髄ですね。

八王子のOさん、
Iさんはじめ、ティースプーンの皆さま、
桐朋学園の関係者の皆さま、
フラダンスの会の皆さま、
ジャズ音楽家の皆さま、
観客の皆さま、
Fさんと息子Mくん、
Wさん、
ありがとうございました。


そのまま、Wさんと一緒に、銀座の松屋に移動し、
千倉のOさんのガラス工芸展を見に行きました。

ちょうどチャリティーコンサートの時間帯にはキ・アフリカの定例会があり、
それを終えてきたFさん、Nさん、Hさんともそこで合流。

ガラスをひとしきり見て、
千倉のOさんを激励するどころか激励され、

銀座らいおんでさくっと飲んで、
その日は終了。


相原功志 記
[PR]
# by kjkirakira | 2010-08-18 19:52 | 日本で 活動報告
東岩槻幼稚園訪問後は、お隣の上里小学校の訪問です。

上里小学校は、私自身も、姉も、おいっこも、めいっこも、
通った地元の小学校です。

2007には、ジャシンタを伴って訪問し、
各学年を相手に計6回、特別授業をしました。
そのおかげで、ジャシンタの日本滞在中は、
地元のこどもたちや保護者の皆さんとも仲良く信頼関係を築くことができ、
よく公園などで遊んでいたものです。

しかし、時のたつのは早いもの。
当時の1年生はすでに4年生。
ジャシンタが、2年後に来日できれば、
その学年の卒業前に間に合うのですが…。

また、校長のN先生も、
今年度を最後にご定年になられます。


さて、その上里小学校では、2007に特別授業をした際に、
児童会でキラキラのための募金活動をしてくださり、
それを受けってジャシンタとともに現地に戻ることができました。

そして、キラキラ補習塾の小学生たちに、
上里小学校あてに絵手紙を書かせました。
みんな、上里小学校の写真を見ながら、イメージを膨らませつつ、書きました。

そのお返しとして、上里小学校から絵手紙などを送っていただいたりもしました。

下の画像は、上里小学校から送られてきた絵の中で、
キラキラっ子たちによる人気投票を行ったところ、
グランプリに輝いた作品です。

b0124020_18475331.jpg



さて、今回上里小学校訪問で、
玄関フロアーに、キラキラからの絵手紙や画像などの展示がしてあることを知り、
大感激でした。

b0124020_18493043.jpg



ご担当の先生、ここまで丁寧にしていただけて、感無量です。

そして、そのフロアーに集まって、
将棋を指したり本を読んだりしていた小学校5年生の男子諸君、
彼らが2年生だった時にジャシンタとともに特別授業をしに来たことを
覚えているかと尋ねてみたら、
覚えています!と。

さらに、その掲示物を指さして、
「どうしてこの男の子は10歳なのにまだ2年生なのですか?」
と、鋭い質問。
確かに、10歳といえば、日本では4年生ですからねぇ。

「ケニアでは、貧しくて幼稚園に入るのが遅れてしまうので、
小学校に入るのも遅れてしまうんだよ」
と答えておきました。

嬉しいですねえ。
掲示物を通して、上里小学校のみんなにも、キラキラは身近な存在なのです。


この手の交流というと、絵手紙中心になりがちです。
また、その絵手紙も、意外にお互いに大変なものなのです。
書かせたり、説明を添えたり、文化も違うからなおさら。

かつて絵手紙の交流をしていたが、
大変すぎてやめざるを得なかったという支援団体の話も聞いたことがあります。

キラキラは、とりあえず今のペースで、
欲張らずに最低限、細く長く、
キラキラだより同封のこどもの絵手紙も含めて、
続けていけたらいいなと考えてます。

また、絵手紙方式以外で、
お互いに負担にならずに楽しく心が通う形の交流のアイデアがありましたら、
ぜひ提案をお願いいたします。
労力・時間・資金的に実現可能であれば、積極的に考えたいと思います。


相原功志 記
[PR]
# by kjkirakira | 2010-08-18 19:02 | 日本で 活動報告

7月13日、東岩槻幼稚園

地元さいたま市岩槻区にある東岩槻幼稚園を訪ねました。
2007にジャシンタを伴って訪問したところです。
私自身も、おいっことめいっこの授業参観で、
10年以上前に何度か訪れたことがあります。

園長のS先生と、昨今の幼稚園事情についてディスカッションです。
事件・事故へのハイレベルな予防と対策がますます求められるようになってきているとのこと。

そういえば、思い出します。
2年位前、日本のどこかの幼稚園か保育園で、
こどもを真夏の暑い中送迎バスの中に長時間放置して死なせてしまった事件。
葬儀の席で、若い男性の園長が、額を畳にこすり付けて謝意を表していました。
確かに、管理不行き届きですが、同じ、こどもを預かる者としては、他人ごとではありません。

キラキラでも、2008年暮れに起こったこども誘拐ばらばら殺人死体遺棄事件の後で、
朝夕の保護者による送り迎えを義務付けたり、
神経をとがらせています。

それでも、キラキラは営利の園ではなく支援型の園なので、
少々の事故は大目に見てもらっている面はあります。
また、キラキラに通うこどもたちの保護者の方々は、
こどもを放任しすぎて、無関心なことが問題だったりします。

しかし、キラキラは支援している、ということに甘えずに、
保育内容を疎かにせず、安全は第一優先に運営していくべきです。
親子ともに、安全に暮らせるよう、
保護者の皆さんの信頼を得てこどもを預かれるよう、
万全を期していきたいです。

東岩槻幼稚園から、縄跳びを40本ほど寄贈されました。
東岩槻幼稚園の園児さんたちが使用したものです。
ピンク、パープル、ブルーなど、カラフルな取っ手が付いて、
心も体も弾みそうだと思いました。
ちょうど、飛行機で持って帰る荷物におさまりました。

b0124020_1828128.jpg



上の画像は、早速キラキラ補習塾の小学生たちが、その縄跳びで遊んでいる風景です。
何回跳べるか競争したり、
駆け足跳びで校庭の端から端まで競走したり、
みんな、いろいろと楽しみ方を工夫しています。

キラキラ出身のこどもたちは、
ナマンガの公立小学校で、
学力と、礼儀と、自主性で抜きんでていると評判になっています。
さらに、体力でも、抜群になったら最高ですね。

また、物の寄贈については、いろいろな事情があり、ある程度制限させていただいています。
物の寄贈に関心のある方は、ぜひご一報ください。


相原功志 記
[PR]
# by kjkirakira | 2010-08-18 18:36 | 日本で 活動報告