アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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<   2012年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

以下、メリー直筆(英語とスワヒリ語のmix)の感謝状を日本語訳したもの。
自分で書いて私のところに持って来ました。

支援者の代表である私宛ての手紙ということで、
支援・応援くださる皆さんにもシェアさせていただきたいと思います。



相原功志先生とご家族の皆さまへ、

ご支援への感謝

あなたが私にくださるご支援について感謝申し上げます。主の祝福があなたの上にありますように。生ける神様があなたを現在のレベルからさらに上のレベルに引き上げてくださると確信しています。あなたが私を現状に留めておかずに救済して引き上げてくださったように、あなたも現状に留まったままであることはないでしょう。そのように心からお祈り申し上げます。あなたがご厚意によって私にくださった注意書きと約束の言葉を全て守ります。あなたのためにも必ず良い成績を取ると誓います。主の祝福があなたの上にありますように。主があなたの心の必要を満たしてくださいますように。あなたがどこに行かれても、主がともにいてくださいますように。主の恵みがあなたの上に豊かに注がれますように。心よりお祈り申し上げます。キリストの主なる神があなたにさらなる賜物を追加して授けてくださると、私は確信しています。重ねて御礼申し上げます。

メリー・セエンダ・レンゲテより
署名



☆☆


この、メリー・セエンダのセコンダリー校進学支援のため​の寄付金を募集しております。

現時点での見積もりは、
初期費用 2万円
学費 年間3万円×4年=12万円
学用品・必需品 年間1万円×4年=4万円
計 18万円
これをけちりにけちって節約しながら、
メリーのために、
大事に大事に有効に役立ててまいりたいと思います。

寄付金の送付先は、

ゆうちょ銀行振替口座
00220-3-39508
『キラキラを支える会』

他行から振り込む場合の口座情報詳細は、

〇二九店 (ゼロ二キユウ店)
当座預金
口座番号0039508
『キラキラヲササエルカイ』

ゆうちょ銀行(郵便局)窓口で振込みをされる場合、水色​の用紙になります。
備考欄に「メリーのために」などとご明記下さい。
また「ブログを見て」「mixiを見て」「Facebo​okを見て」などとご明記下さい。

インターネットやATMなどで振込み・送金をされる場合​、
入金がメリーのためであるということを明記したメールを​、
下記アドレス宛に送信していただきますようお願いいたし​ます。
kirakira_sasaeru@yahoo.co.​jp

あるいは、私自身がこの4月~7月に日本にまいりますの​で、
会った時に直接手渡しくださってもかまいません。

コーディネーター 相原功志 記


P.S. 目標額まであと3万円ほど!
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by kjkirakira | 2012-03-21 15:48 | 現地で 特別児童
以下、メリー直筆(英語とスワヒリ語のmix)の自己紹介・家族​紹介を日本語訳したもの


家庭生活

私は貧しい家庭に生まれ育ちました。時の運と恵みに頼ってその日暮らしの生活する家庭です。私はビシルで生まれ育ちました。母が持ち帰って来たものは何でも食べたり飲んだりしていました。時にはそれが塩の入ったおかゆだったりしました。両親が離婚して以来、生活はますます苦しくなりました。離婚の際、父は第3子である兄キヒリンコルを半ば力ずくで奪い去るようにして引き取って行きました。それ以来私たちはその兄の姿を見ていません。
私の母は苦労して働いています。朝起きると街に出て行き、ビーズのアクセサリーを国境通過の旅行者に売っています。50シリング分売れれば良い方です。時には、何とか少しだけ稼いだお金でわずかな食糧を買って帰って来ても、ストレスのためにくたくたで食べることさえできないほどです。
私の兄たちも苦労しています。ナマンガに移り住んだ最初の頃など、スワヒリ語がうまくしゃべれなかったために、バイトもなかなか見つかりませんでした。
私の弟と妹はさらに苦しんでいます。今日に至るまでどこの学校に通ったことがありません。お金がなく学校に入れずに、しかたなく家にいるのです。弟も妹も、コリンスのお母さんから靴を恵んでいただいたことがあります。とくに弟のザカヨはお古の服も恵んでいただきました。ときどき弟も妹も空腹に耐えられず、隣近所の家に食事のおこぼれをもらいに行くことがあります。遊びに行っているのかなと思いきや、実は食事が目当てなのです。


学校生活

ナマンガ町立小学校に在籍していた頃、私は1年生から3年生にかけてずっと1位の成績を維持していました。しかし、4年生から6年生にかけて、1位からは転落してしまったものの、10位以内を維持していました。私はキリスト教連合クラブに所属し、年下の少女たちに奨励の言葉を語っていました。
AIC小学校に転入してからは、ナマンガ町立小学校にいたときのように勉強がはかどらなくなってしまいました。成績はさらに落ちて7位から15位くらいに落ち着いてしまいました。課外活動としては、バレーボールやハンドボールをしていました。キリスト教連合クラブにも所属していました。この間、先生方がいろいろな手段で私を支えてくださいました。ノートブックがなかったときなど、先生方にお願いすると、私の必要を満たしてくださいました。先生方は私が貧困家庭出身であることを理解してくださっていました。


信仰生活

私は2006年にイエス・キリストを救い主として受け入れました。初め、私は近所に住むおばさんと一緒に教会に行きました。牧師の説教を聴き、私は魂が動かされる感じを覚えました。説教の後、その場で悔い改めの祈りをしていただきました。教会のこどもたちのダンスに参加したのですが、後にやめて現在に至っています。しかし、今また聖歌隊に入りたいと願っています。
私は、神様を、心を尽くし、魂を尽くして崇拝しています。御心にかなった道に導いてくださるように、神様にいつもお祈りしています。私がとくに好きな聖句は詩編34編19節(新共同訳では20節)です。
詩編34編20節
主に従う人には災いが重なるが
主はそのすべてから救い出し


コミュニティーとの関わり

コリンスのお母さんは、私も弟も助けて下さっています。私たちに靴を恵んで下さり、私には服も恵んで下さいました。クンドゥさんも私たちを助けて下さっています。ときどき食糧を恵んでくださったり、生活の邪魔をする人たちから私たちを守ってくださったりしています。私自身も誰かが困ったりしていたらできる範囲内で助けてあげたりしています。


経済状態

私の母には収入がほとんどありません。私たちは土地も家も所有していません。私たちが住んでいる家はクンドゥさんから恵んでいただいた一部屋だけの粗末なものです。私たちは家畜も所有していません。
母はビーズアクセサリーを1品50シリングで売る商売をしていますが、なかなか思うようには売れず、全く売れない日さえあります。
私の兄たちは単発や日雇いのバイトをしており、1日に少なくとも100シリングかそれ以上の稼ぎを得ています。兄たちはときどきその稼ぎで砂糖やとうもろこしの粉やクッキングオイルなどの食糧を買って調達して来てくれます。
私たちの隣近所の方々も、いろいろと支援してくださいます。何かどうしても必要な物があるときなど、近所の方に相談すると必要を満たしてくださいます。


将来への抱負

私の夢はジャーナリストになることです。神様が、私をセコンダリー校に進学・通学させてくださり、頑張って勉学に励ませてくださるよう、さらには人生に成功をもたらしてくださるよう、そのために私に知恵と知識とをくださるようにと祈っています。神様が生活全般において私を助け、将来の繁栄を保証してくださるようにとも祈っています。
私はセコンダリー校を卒業し、全国共通卒業試験(KCSE)で良い成績を獲得し、外国の大学に留学するという夢を抱いています。そして、将来的にはジャーナリストとして仕事をするのが夢です。そのために大いに頑張るつもりです。私がこの夢をかなえることは、ケニア全体がその夢をかなえることに匹敵します。そして、ケニア国内だけではなく、世界中で支援を必要としている人たちに対し、支援の手を差し伸べ、喜んで献身していくつもりです。


支援のお願い

私たち家族は生活能力がほとんどありません。しかし私には夢があります。そして、その夢をぜひ実現させたいのです。そのためにはセコンダリー校進学と、さらに上の学校への進学が必要であり、そのための支援を必要としています。支援をいただけたら、知恵を絞って、大事に、有効に使わせていただくことを誓います。


追記

私の名前はメリー・セエンダです。2011年3学期の終わり、KCPEが近付いて来たとき、大きな試練が襲って来ました。私の親は、これ以上私を学校に通学させるお金がないから、試験を終えて小学校を卒業したら結婚させる、と私に告げました。これを聞いて私は意気消沈し、どうしたらよいかわからなくなりました。家族はそのことを私に厳しく言いつけ、私がそれに従うように無理やり仕向けようとしていました。しかし、私は、婚約者のことやその他の詳細を、家族に尋ねることすらせずに耐えていました。
しかし、そんな進退窮まった状況にいた私に、光を差し入れてくださった神様に感謝します。神様は私をセコンダリー校へ進学させてくださる支援者の方へと私を導いて下さいました。私が支援を受ける対象として認められたことを、神様の御前に心から喜んでいます。結婚の話がもはや再浮上しないことをただただ願っています。


メリー・セエンダ・レンゲテ 記


☆☆


この、メリー・セエンダのセコンダリー校進学支援のため​の寄付金を募集しております。

現時点での見積もりは、
初期費用 2万円
学費 年間3万円×4年=12万円
学用品・必需品 年間1万円×4年=4万円
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メリーのために、
大事に大事に有効に役立ててまいりたいと思います。

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備考欄に「メリーのために」などとご明記下さい。
また「ブログを見て」「mixiを見て」「Facebo​okを見て」などとご明記下さい。

インターネットやATMなどで振込み・送金をされる場合​、
入金がメリーのためであるということを明記したメールを​、
下記アドレス宛に送信していただきますようお願いいたし​ます。
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あるいは、私自身がこの4月~7月に日本にまいりますの​で、
会った時に直接手渡しくださってもかまいません。

コーディネーター 相原功志 記


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by kjkirakira | 2012-03-19 17:22 | 現地で 特別児童
以下、メリー直筆(英語とスワヒリ語のmix)の自己紹介・家族​紹介を日本語訳したもの

☆☆


家庭生活

私は貧しい家庭に生まれ育ちました。時の運と恵みに頼ってその日暮らしの生活する家庭です。私はビシルで生まれ育ちました。母が持ち帰って来たものは何でも食べたり飲んだりしていました。時にはそれが塩の入ったおかゆだったりしました。両親が離婚して以来、生活はますます苦しくなりました。離婚の際、父は第3子である兄キヒリンコルを半ば力ずくで奪い去るようにして引き取って行きました。それ以来私たちはその兄の姿を見ていません。
私の母は苦労して働いています。朝起きると街に出て行き、ビーズのアクセサリーを国境通過の旅行者に売っています。50シリング分売れれば良い方です。時には、何とか少しだけ稼いだお金でわずかな食糧を買って帰って来ても、ストレスのためにくたくたで食べることさえできないほどです。
私の兄たちも苦労しています。ナマンガに移り住んだ最初の頃など、スワヒリ語がうまくしゃべれなかったために、バイトもなかなか見つかりませんでした。
私の弟と妹はさらに苦しんでいます。今日に至るまでどこの学校に通ったことがありません。お金がなく学校に入れずに、しかたなく家にいるのです。弟も妹も、コリンスのお母さんから靴を恵んでいただいたことがあります。とくに弟のザカヨはお古の服も恵んでいただきました。ときどき弟も妹も空腹に耐えられず、隣近所の家に食事のおこぼれをもらいに行くことがあります。遊びに行っているのかなと思いきや、実は食事が目当てなのです。


学校生活

ナマンガ町立小学校に在籍していた頃、私は1年生から3年生にかけてずっと1位の成績を維持していました。しかし、4年生から6年生にかけて、1位からは転落してしまったものの、10位以内を維持していました。私はキリスト教連合クラブに所属し、年下の少女たちに奨励の言葉を語っていました。
AIC小学校に転入してからは、ナマンガ町立小学校にいたときのように勉強がはかどらなくなってしまいました。成績はさらに落ちて7位から15位くらいに落ち着いてしまいました。課外活動としては、バレーボールやハンドボールをしていました。キリスト教連合クラブにも所属していました。この間、先生方がいろいろな手段で私を支えてくださいました。ノートブックがなかったときなど、先生方にお願いすると、私の必要を満たしてくださいました。先生方は私が貧困家庭出身であることを理解してくださっていました。


信仰生活

私は2006年にイエス・キリストを救い主として受け入れました。初め、私は近所に住むおばさんと一緒に教会に行きました。牧師の説教を聴き、私は魂が動かされる感じを覚えました。説教の後、その場で悔い改めの祈りをしていただきました。教会のこどもたちのダンスに参加したのですが、後にやめて現在に至っています。しかし、今また聖歌隊に入りたいと願っています。
私は、神様を、心を尽くし、魂を尽くして崇拝しています。御心にかなった道に導いてくださるように、神様にいつもお祈りしています。私がとくに好きな聖句は詩編34編19節(新共同訳では20節)です。
詩編34編20節
主に従う人には災いが重なるが
主はそのすべてから救い出し


コミュニティーとの関わり

コリンスのお母さんは、私も弟も助けて下さっています。私たちに靴を恵んで下さり、私には服も恵んで下さいました。クンドゥさんも私たちを助けて下さっています。ときどき食糧を恵んでくださったり、生活の邪魔をする人たちから私たちを守ってくださったりしています。私自身も誰かが困ったりしていたらできる範囲内で助けてあげたりしています。


経済状態

私の母には収入がほとんどありません。私たちは土地も家も所有していません。私たちが住んでいる家はクンドゥさんから恵んでいただいた一部屋だけの粗末なものです。私たちは家畜も所有していません。
母はビーズアクセサリーを1品50シリングで売る商売をしていますが、なかなか思うようには売れず、全く売れない日さえあります。
私の兄たちは単発や日雇いのバイトをしており、1日に少なくとも100シリングかそれ以上の稼ぎを得ています。兄たちはときどきその稼ぎで砂糖やとうもろこしの粉やクッキングオイルなどの食糧を買って調達して来てくれます。
私たちの隣近所の方々も、いろいろと支援してくださいます。何かどうしても必要な物があるときなど、近所の方に相談すると必要を満たしてくださいます。


将来への抱負

私の夢はジャーナリストになることです。神様が、私をセコンダリー校に進学・通学させてくださり、頑張って勉学に励ませてくださるよう、さらには人生に成功をもたらしてくださるよう、そのために私に知恵と知識とをくださるようにと祈っています。神様が生活全般において私を助け、将来の繁栄を保証してくださるようにとも祈っています。
私はセコンダリー校を卒業し、全国共通卒業試験(KCSE)で良い成績を獲得し、外国の大学に留学するという夢を抱いています。そして、将来的にはジャーナリストとして仕事をするのが夢です。そのために大いに頑張るつもりです。私がこの夢をかなえることは、ケニア全体がその夢をかなえることに匹敵します。そして、ケニア国内だけではなく、世界中で支援を必要としている人たちに対し、支援の手を差し伸べ、喜んで献身していくつもりです。


支援のお願い

私たち家族は生活能力がほとんどありません。しかし私には夢があります。そして、その夢をぜひ実現させたいのです。そのためにはセコンダリー校進学と、さらに上の学校への進学が必要であり、そのための支援を必要としています。支援をいただけたら、知恵を絞って、大事に、有効に使わせていただくことを誓います。


追記

私の名前はメリー・セエンダです。2011年3学期の終わり、KCPEが近付いて来たとき、大きな試練が襲って来ました。私の親は、これ以上私を学校に通学させるお金がないから、試験を終えて小学校を卒業したら結婚させる、と私に告げました。これを聞いて私は意気消沈し、どうしたらよいかわからなくなりました。家族はそのことを私に厳しく言いつけ、私がそれに従うように無理やり仕向けようとしていました。しかし、私は、婚約者のことやその他の詳細を、家族に尋ねることすらせずに耐えていました。
しかし、そんな進退窮まった状況にいた私に、光を差し入れてくださった神様に感謝します。神様は私をセコンダリー校へ進学させてくださる支援者の方へと私を導いて下さいました。私が支援を受ける対象として認められたことを、神様の御前に心から喜んでいます。結婚の話がもはや再浮上しないことをただただ願っています。


メリー・セエンダ・レンゲテ 記


☆☆


この、メリー・セエンダのセコンダリー校進学支援のため​の寄付金を募集しております。

現時点での見積もりは、
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学費 年間3万円×4年=12万円
学用品・必需品 年間1万円×4年=4万円
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メリーのために、
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寄付金の送付先は、

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下記アドレス宛に送信していただきますようお願いいたし​ます。
kirakira_sasaeru@yahoo.co.​jp

あるいは、私自身がこの4月~7月に日本にまいりますの​で、
会った時に直接手渡しくださってもかまいません。


コーディネーター 相原功志 記


P.S. 目標額まであと4万円ほど!
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by kjkirakira | 2012-03-19 17:20 | 現地で 特別児童
メリー募金目標額まであと4万円ほどです。
ぜひぜひよろしくお願いいたします。


以下、メリー直筆(英語とスワヒリ語のmix)の自己紹介・家族紹介を日本語訳したもの


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学歴

私の名前はメリー・セエンダ・レンゲテです。1996年3月13日に生まれです。2002年から2003年にかけて、マトゥマイニ保育園で幼児教育を受けました。卒園する時、地元公立小学校の入学試験・面談に行ったのですが、私には付き添ってくれる保護者がいませんでした。その場にいらっしゃった私たちの保育園の先生に頼るしかなかったのですが、保護者同伴でやって来たこどもたちのことで手一杯で、私は放っておかれました。いざ私が呼ばれて入学者として正式に登録されるという時になって、私はしばらく留め置かれました。しかし、しばらく待った後でようやく入学者のリストに載せてもらえることになりました。というわけで私は2004年にナマンガ町立小学校に入学しまし、小学1年目から6年目を終える2009年までそこで学びました。
1年生から3年生にかけて、私はクラスで一番の成績を維持していました。その後、家のことや生活苦のことで勉強への集中力が鈍り、4年生から6年生にかけての成績はクラスで7番くらいまで落ち込んでしまいました。
小学校の制服はクラスメイトのお古を譲り受けたものでした。私の弟や妹がはいていた靴も隣近所のこどもたちのお古を譲ってもらった物で、片一方がスポンジのサンダルで、もう片方がギニェラなど、不揃いな靴ばかりをはいていました。
2009年11月、AIC小学校を優秀な成績で卒業するとセコンダリー校進学に際し支援が得られるという話を耳にしました。そのことを母に話したところ、私を転校させるお金がないと驚かれてしまいました。しかし、2010年1月、母を連れて、ナマンガ町立小学校での成績表を携えて、AIC小学校を訪れました。その日、私の成績表はAIC小学校の先生方ほぼ全員に閲覧されました。
試験と面接を受け、転入が認められ、転入に必要な1350シリングの支払いをするようにと求められました。もちろん母にはそんな大金などありません。その日、AIC小学校を中退した女の子のところへ行き、かなり使い古した制服を譲ってもらいました。その翌日にそれを着て登校し、支払期限として1か月の猶予が与えられました。
その翌月、支払いをするようにと再度請求されました。支払いをするまでの停学処分を言い渡され、しばらく家で待機していました。しばらくして校長先生に呼ばれ、あのお金は私が払ってあげたから大丈夫、と言われ、学校に復帰することができました。しばらくすると、制服が破れに破れてみすぼらしい状態となり、見かねた校長先生が私のために制服を新たに新調してくださいました。生活苦によるストレスの中で、勉強の方にはなかなか集中できず、成績も振るわず、クラスで11位から15位くらいの成績に落ち着いてしまいました。ただ、8年生に進級するための試験では、303点を取り、クラスで9位とやや再浮上することができました。
そうして、2011年に8年生に進級しました。間もなく、全国共通小学校卒業試験(KCPE)の申込みをする時期がやって来ました。申込みには料金の支払いが必要です。母にはお金がありません。そこで母はある人から借金をして払ってくれました。生徒たちによるマイルワへの遠征もあったのですが、遠征費を払えずに私は参加できませんでした。また、一人100シリング払って山へ徹夜祈祷をしに行くという時も、そのお金が払えずに参加できませんでした。
2学期になり、生活苦は増し、学校にはいていく靴すらぼろぼろになってしまいました。コリンスのお母さんが見かねて、私に同情して靴を恵んでくださいました。その靴を8年生終了まで履き続けたのです。学費などの支払いもできず、停学を食らっては家で待機し、またしばらくして学校に戻るということの繰り返しでした。中間・期末試験のための費用も払えず、試験さえまともに受けられない状態になったりしました。試験を特別に無料で受けさせていただいたこともあります。
3学期になり、生活苦はさらに厳しさを増して行きました。そのストレスを抱えながら、通学するのもやっとの思いでした。KCPEが近付くにつれて、私は神様に泣きついてお願いするばかりとなってしまいました。KCPEを直前に控え、私にはバインダー(ファイル)もなければ算数セット(三角定規や分度器やコンパスなど)もなく、鉛筆さえ十分にない状態でした。KCPEの本番が明日に迫った月曜の夜、私は神様にKCPEを受けずに済む方法がないものかと祈り続けました。私は何もない状態でKCPEを受けました。そして、2011年末、私は小学校を卒業しました。

KCPEの成績
英語 50点 C評定
スワヒリ語 62点 B-評定
算数 43点 C-評定
理科 53点 C評定
社会科・宗教科 51点 C評定
合計 259点 C評定
(各教科100点満点、5教科500点満点)


信仰歴

私は小さい頃から教会通いを始めました。初めに、マゴティ牧師の教会の日曜学校に通い始めました。2006年よりクリスコ教会に移り、そこでイエス・キリストを救い主として受け入れました。しかし、まだ洗礼を受けてはいません。2008年にクリスコ教会の聖歌隊に参加したのですが、その後やめてしまい現在に至っています。今年は教会の祈祷会に参加したいと願っています。


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この、メリー・セエンダのセコンダリー校進学支援のため​の寄付金を募集しております。

現時点での見積もりは、
初期費用 2万円
学費 年間3万円×4年=12万円
学用品・必需品 年間1万円×4年=4万円
計 18万円
これをけちりにけちって節約しながら、
メリーのために、
大事に大事に有効に役立ててまいりたいと思います。

寄付金の送付先は、

ゆうちょ銀行振替口座
00220-3-39508
『キラキラを支える会』

他行から振り込む場合の口座情報詳細は、

〇二九店 (ゼロ二キユウ店)
当座預金
口座番号0039508
『キラキラヲササエルカイ』

ゆうちょ銀行(郵便局)窓口で振込みをされる場合、水色​の用紙になります。
備考欄に「メリーのために」などとご明記下さい。
また「ブログを見て」「mixiを見て」「Facebo​okを見て」などとご明記下さい。

インターネットやATMなどで振込み・送金をされる場合​、
入金がメリーのためであるということを明記したメールを​、
下記アドレス宛に送信していただきますようお願いいたし​ます。
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あるいは、私自身がこの4月~7月に日本にまいりますの​で、
会った時に直接手渡しくださってもかまいません。

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メリー・セエンダ・レンゲテ
女子
生年月日 1996年3月13日(実際は1995年?)


家族
母 リキア・キシニニェ 1967年生まれ? 44歳? 同居
兄 ジュリアス・キラ 1982年生まれ 29歳
兄 モーセス・キラ 1987年生まれ 24歳
兄 キヒリンコル 1991年生まれ 20歳
本人 メリー・セエンダ 1996年生まれ 16歳 同居
妹 ジョイス・テケイヤン 1997年生まれ 15歳
弟 ザカヨ・ジェイムス 2004年生まれ 8歳 同居
妹 ナオミ・ラコニ 2007年生まれ 5歳 同居



リキア・キシニニェという名前です。1967年頃の生まれです。17歳のときに私の父と結婚しました。結婚して5年経った頃に、父は他の女性とも結婚しました。2人の妻との結婚生活を数年営み、私の母との間に私を含めて4人のこどもをもうけました。その後母は離婚させられ、家を追い出されてしまいました。その際、母のマニヤッタの家は焼かれ、家の中にあった身分証明書などの重要な書類も全て焼かれてしまいました。そして私たちはビシルの町に移住しました。母は私たちが生活していくための家を見付け、そこでンガタタエクに移住するまでの8年間ほど暮らしました。

第一子(兄)
ジュリアス・レショコという名前です。1983年頃にオルモレリアニで生まれました。定職に就いていません。人の荷物を運んだり、水を汲んで配達したりといった単発のバイトをしています。時にはそういったバイトさえ見つからない時もあります。

第二子(兄)
モーセス・キラという名前です。1987年にオルモレリアニで生まれました。定職に就いていません。いろいろなバイトをしており、何とか1日に150シリング程度は稼いでいます。時には一足5シリングで靴の修理も手がけています。

第三子(兄)
キヒリンコル・ンダリという名前です。1991年頃にオルモレリアニで生まれました。両親が離婚した際に、父に力ずくで奪われるようにして引き取られ、以来一度も姿を見たことはありません。

第四子(私自身)
私の名前はメリー・セエンダ・レンゲテ、女子、1996年3月13日にビシルで生まれ、現在16歳です。ビシルで生まれ育ちました。

第五子(妹)
ジョイス・テケイヤンという名前です。1998年5月7日にンガタタエクで生まれました。現在ナマンガ町立小学校の4年生に在籍しています。

第六子(弟)
ザカヨ・ジェイムスという名前です。2004年1月3日にナマンガの家で生まれました。学校にはまだ入らず家にいます。弟を学校に入れるお金がないからです。

第七子(妹)
ナオミ・ラコニという名前です。2007年5月13日にナマンガの家で生まれました。学校にまだ入っていません。タンパク質摂取不足のためにクワシオコルを患ったことがありました。


生活歴

私の名前はメリー・セエンダ・レンゲテです。1996年3月13日にビシルで生まれました。
私の両親が離婚した時、母は父から追い出され、私たちを連れて1999年にビシルに移り住み、ビシルで6年間生活しました。その間、母は水汲みや薪拾い、洗濯などのバイトをして、少なく不安定な稼ぎで何とかその日暮らしの生活をしていました。生活する家を恵んでもらったかと思ったら、その2週間後には追い出されたり、その繰り返しでした。
ある日、母はじっと考え込んでいました。ンガタタエクに友人がいることを思い出したのです。母は引越しを決意し、私たちを呼び集め、引越しの荷物などほとんどなかったのですぐに出発しました。道路まで来たとき、私たちは「これからどこへ行くの?」と母に尋ねました。母は、ただ黙って後に着いて来なさい、と言うだけでした。ンガタタエクまで親切な運転手さんが私たちを無料で乗せて行ってくれました。ンガタタエクに着いたところで車を降り、とりあえず行く場所がなかったので、母は私たちに座るように言いました。そのまま2時間ほどじっと座っていました。そうしてじっと座っていると、ある一人のおばさんが通りかかったので、母がすかさず呼び止めました。母はそのおばさんと1時間ほど話をしてしたでしょうか。そのおばさんは私たちをご自宅に連れて行ってくださり、私たちが生活するための家を恵んでくれました。そこで1年間ほど暮らしました。しかし、その生活苦はビシルの時と同様でした。
2006年の2月に母はナマンガに越して来ました。私はそれに先立って既にナマンガに来ており、今は亡き母の友人であるおばさんの下で暮らしていました。母がナマンガに来てから、私たちが最初に住んだのはオルコングでした。私たちは土壁もなくビニールで壁を覆っただけのマニヤッタの家を建てて住み始めました。通りを歩く人たちから見れば家の中が丸見えのような家でした。
ある日、近所に住むおばさんが、何とかしてその土地から私たちを追い出そうとして行動を起こしました。そのおばさんは地元政府の土地管理局に赴き、公式文書を受け取って来て、その翌日、私たちはその家を追い出されてしまいました。
2007年に、オルコングのやや低地の方に、何とか住む家を確保することができました。しかし、その家も、最初の家同様にあちらこちら穴が空いており、南京虫(シラミ)やゴキブリやウジ虫(ツツガ虫、毛虫、イモ虫)が居座って私たちも居場所がないくらいでした。その家が崩壊して住めなくなるまで私たちはそこに住み続けました。
2008年、ある日、土地管理局の人が通りかかりました。母は出て行ってその人に泣きついて窮状を訴えました。そのかいあって、オルンガルワに無料で土地を供与してもらうことができました。そこにマニヤッタの家を建てました。しかし、しばらくしてその家はいとも簡単に崩壊し、服やビニールでその崩壊した部分を覆わざるを得ませんでした。また、その家にドアはなく、トタンを使って何とか隙間ができないように覆ってドア代わりにしていました。雨が降ると雨漏りがひどく、まるで家の中が外であるかのように水浸しになる有様でした。
2011年、近所でお世話になっていたクンドゥさんが引っ越すという話を聞きました。母はクンドゥさんに頼んで、ぜひ一緒に連れていって欲しいと懇願しました。というわけで、クンドゥさんの引越し先に一緒に引っ越して行くことになりました。クンドゥさんは私たちのために1週間かけて3部屋の家を建ててくださいました。しかし、ある日、その家の屋根に使っていた3部屋分の真新しいトタンが全部盗まれてしまったのです。今その土地で私たちが住んでいる家は一部屋だけのもので、かつて住んでいたマニヤッタの家と何ら変わりがありません。その屋根に使っているトタンは、クンドゥさんがかつてご自分の家に使っていたものです。そのトタン屋根はあちこち穴が空いていて、雨が降ると雨漏りします。ベッドもなく、私たちは地面で寝ています。椅子もなく、イスラム教徒の人たちなどが使い捨てたゴザを敷いてそれに腰かけたりしています。

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コーディネーター 相原功志 記
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by kjkirakira | 2012-03-12 19:20 | 現地で 特別児童