アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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2012年1月26日?の初訪問に渡された本人執筆の手紙
(原文:英語とスワヒリ語のミックス)


支援のお願い

私の名前はメリー・セエンダといいます。私は昨年2011年末に、AIC小学校で8年生を終了し、小学校を卒業しました。学校に通い始めて以来、実に神様の恵みによって卒業までたどり着くことができました。私の母は全く能力がありません。私たちはずっとマニヤッタの家にずっと住んでいました。日常の糧もその日その日に得られるかどうかは運任せで、学校に通えたのも神様の恵みによるものでした。私の母には学費などの支払いをする能力がなかったからです。
学費滞納で停学処分を食らい、1週間ほど家にいて、ようやく免除してもらい学校に戻れたと思ったら、また停学処分で家に戻る。こういったことがもはや習慣となっていました。
8年生の1学期、全国共通卒業試験(KCPE)の申込みために料金を支払わなければなりませんでした。もちろん母には一銭もありません。何とか工面しようとしたのですが、どれもなしのつぶて。いよいよ支払期限が明日と迫ったとき、母はどこかにお金を借りに行って来てくれました。しかし、その借金を返すあてなど全くありませんでした。
2学期になっても、繰り返し学費滞納で家に帰されてはまた学校に戻るというパターンが続きました。小学校の制服はずたずたに破れてしまい、とても惨めな有様でした。中間・期末試験などの費用も払えず、試験すらまともに受けられない状態にも陥りました。
3学期になり、生活苦は深刻になっていきました。3学期の間中、私は不安を抱え、泣き続け、神様に祈り続けました。10月に、8年生全員が各自100シリングずつ払って山に徹夜祈祷をしに行くという話があったとき、その100シリングすら払うことができず、参加することができませんでした。その後、8年生全員がマイルアの小学校に交流事業のために遠征するという時も、遠征費が払えずに参加することができませんでした。私は、まるでこの世から一人取り残されて、全く孤独な存在になってしまったように感じました。
KCPEが近付いてきた時、親から、これ以上学校に入れて通わせてあげるお金がないから、小学校を卒業したら結婚しなさい、結婚相手はすでに探してある、と告げられました。これを聞いた私は、内心とてもがっかりし、絶望感で後先わからなくなってしまいました。私は神様に泣いてお願いしました。KCPEまであと1週間と迫っているのに、私には何もありませんでした。バインダー(ファイル)も、算数セット(三角定規や分度器やコンパスなど)も、鉛筆すらも。結局物が十分にそろっていない状態でKCPEを受けました。
それからも、週に3回くらい断食しては祈り続けました。そうして断食して祈っているうちに、聖霊様が、あなたのところに行くようにと示してくださったのです。お願いです。どうか、私を助けてください。私は花嫁として売られたくはありません。私には将来ジャーナリストになるという夢があります。どうか私を助けて、夢をかなえさせてください。心をこめてお願いいたします。神様の祝福がありますように。

KCPEの成績
英語 50点 C評定
スワヒリ語 62点 B-評定
算数 43点 C-評定
理科 53点 C評定
社会科・宗教科 51点 C評定
合計 259点 C評定
(各教科100点満点、5教科500点満点)

私は必ず頑張って勉強し、ご期待に応えることを誓います。


メリー・セエンダ 記


☆☆


この、メリー・セエンダのセコンダリー校進学支援のための寄付金を募集いたします。

現時点での見積もりは、
初期費用 2万円
学費 年間3万円×4年=12万円
学用品・必需品 年間1万円×4年=4万円
計 18万円
これをけちりにけちって節約しながら、
メリーのために、
大事に大事に有効に役立ててまいりたいと思います。


寄付金の送付先は、

ゆうちょ銀行振替口座
00220-3-39508
『キラキラを支える会』

他行から振り込む場合の口座情報詳細は、

〇二九店 (ゼロ二キユウ店)
当座預金
口座番号0039508
『キラキラヲササエルカイ』

ゆうちょ銀行(郵便局)窓口で振込みをされる場合、水色の用紙になります。
備考欄に「メリーのために」などとご明記下さい。
また「ブログを見て」「mixiを見て」「Facebookを見て」などとご明記下さい。

インターネットやATMなどで振込み・送金をされる場合、
入金がメリーのためであるということを明記したメールを、
下記アドレス宛に送信していただきますようお願いいたします。
kirakira_sasaeru@yahoo.co.jp

あるいは、私自身がこの4月~7月に日本にまいりますので、
会った時に直接手渡しくださってもかまいません。


コーディネーター 相原功志 記


追記
画像はメリー(右)とコリンスのお母さん(左)於キラキラ

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by kjkirakira | 2012-02-29 23:38 | 現地で 特別児童
メリー・セエンダ 16歳?

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1月末の午後、いつものように事務室で書き仕事をしていると、
キラキラ保育園のメインゲートを控えめにたたく音を耳にした。
ゲートの方を見ても誰の姿も見当たらない。
書き仕事を続けようとすると、またゲートを控えめにたたく音。
目を凝らしてよく見ると、ゲートの後ろに隠れるようにして人が立っていた。
ゲートに近寄り、あいさつする。
園児の母親にしては若すぎ、小学生にしては年を取りすぎている外観の女性。
服装は質素で態度はきわめて控えめ。
セキュリティーのため、誰なのか、何のために来たのか、口頭で確認する。
園児の家族かと尋ねると、そうではないと言う。
教師として職を求めて来たのかと尋ねると、そうでもないと言う。
しかし、ただ小さな声で、「コージ先生に会って手紙を渡しに来ました」と言うだけ。
訳ありだな?という予感。
ゲートの南京錠を開け、中に入ってもらい、事務室に案内する。
園児たちはお昼寝中で、静かな午後の空気。
何となくこちらも緊張する。

事務室に入るや否や、彼女は私を驚かせた。
立ったまま長身の上体を折り曲げて、
自分の頭をすでに腰かけている私の方に向けたのだ。
既に地元の人間と化している私には、
すぐにそれがマサイの伝統的なあいさつだとわかった。
マサイ文化では、下のものが上のものに対して頭を差し出し、
上の者がそれに触れてあいさつするのだ。
そして、彼女に座るように促し、事務室で正対した。

彼女は一通の手紙を差し出して来た。
それは、「支援のお願い」というタイトルで始まっていた。
一言確認し、彼女が昨年末に小学校8年生を卒業し、卒業試験を受け、
現在セコンダリー校(高校)への進学のチャンスをうかがっているのだと知った。

彼女の名前はメリー・セエンダ。
本人は1995年生まれと言い、出生証明書には1996年と印字されているが、
実際は1994年生まれくらいだと推測される。
自分の誕生日を知っているのが当たり前の日本人から見れば、
信じられない話ではあるが。

小学1年生の頃、イエス・キリストを救い主として受け入れた。
メリーという名は、教会で洗礼を受けたときに与えられたものだ。
以来、キリストの神にすがって生活苦に耐え生き抜いてきた。

今日に至るまで伝統的なマサイの暮らしを営む。
父親からずっと昔に見捨てられ、
能力のない年老いた母親と、
その母親を助けないばかりか困らせてばかりいる兄たちと、
小学校に入るべき年齢に達しているのにまだ幼稚園・保育園にも入ったことのない弟妹と、
きわめて貧しい暮らしを営む。

ほぼ無料にも等しい公立小学校のわずかな学費もほとんど払えず、
学校で必要な学用品や必需品にも事欠き、
鉛筆一本すら手に入れることができずに試験を受けられなかったり、
学校での遠足や研修旅行の類にも参加できず、
使い古しのぼろの制服やセーターを隣人から譲り受け、
見かねた校長先生が、新たに制服を仕立てて下さったり、
生理用品ですら家計で賄えずに、学校の先生が買って下さったり、
想像には絶えない暮らしをしていたようだ。
小学校8年生までたどり着いただけでも奇跡だったと言ってよい。

しかも、小学校入学から8年生を卒業するまで、一度も留年しなかった。
ケニアの、とくに田舎の学校では、卒業に至る児童は2分の1から3分の2。
そのうち、一度も留年しないで卒業する児童は2分の1から3分の2。
小学校低学年から卒業までの通知票を全て見せてもらった。
3~5年生頃はクラスで一番を争う成績を取っていた。

1年生から6年生までは、公立ナマンガ小学校に通った。
7年生に進学する際に、自ら志願して同じナマンガの公立AIC公立小学校に転校した。
その転校の理由が、
AIC小学校では支援(奨学金)を受けるチャンスがあるから、
とのことだった。

かつて学年で一番を争っていた成績は、
生活苦と学費滞納の停学処分により徐々に下がり、
最終学年の8年生時にはトップ10からも陥落し、
辛うじて平均よりは上というくらいに落ち着いてしまっていた。

昨年11月の卒業試験を前にして、試練が訪れた。
家族には彼女を上の学校に進学させる経済力はこれっぽっちもなかった。
そこで、彼女を結婚させようという話が進み、
婚約者もすでに内定していた。
単に十代後半の娘が親の意向で見合い結婚させられるという話ではない。
マサイにとって、娘は資産も同様なのである。
娘を結婚させれば、結婚相手の側から牛何十頭という花嫁料が送られる。
貧困にあえぐマサイにとっては、
娘を結婚させることは生きのびていく手段でもあるのだ。
娘を結婚させるということは、娘を売るということなのだ。

しかし、既にケニア政府はこのことを禁止している。
こどもの人権、とくに少女の人権は法律で守られている。
学校に行くという選択肢があり、
娘が自分の判断で結婚するかどうかを決める能力がある以上、
親や家族が娘に結婚を強制することは法律違反となる。

メリーは卒業試験を前に、泣きまくった。
そして、必死に祈った。
そんな激しいストレスの逆風が吹く中で、
辛うじて卒業試験を終えることができた。

卒業試験の結果は、5教科500点中259点。
鉛筆さえも手に入るかどうかわからず、
鉛筆が折れたらどうしよう、間違えても消しゴムがない、
家に帰れば強制結婚の話が待っている、
そんな過酷なストレス下にあって、
クラスの平均点以上でもあり、上出来だったと言えよう。
しかし、銀行や財団などでで応募している奨学金応募の選考対象となるには点数が低すぎた。

もともと成績優秀だったのが、生活苦により下がってしまったこと、
こどもの人権が侵害され、今すぐにでも結婚させられそうになっていたこと、
これらのことを考慮した小学校の校長先生たちは、
何とか彼女のために奨学金が得られないかと奔走した。
しかし、卒業試験の成績が芳しくなかったため、なしのつぶてであった。

あらゆる手を打って、もう後がないとなったとき、
メリーは泣きながら祈り続けた。
その時、祈りの中で、キラキラを訪ねてみなさいという声を聞いた。
早速手紙をしたため、勇気を振り絞ってキラキラのゲートの前に立って、
これまで道路で見かけることはあっても、
一度も話をしたことのない外国人の私を畏れつつ、
ゲートを「コンコン」と叩いたのであった。

彼女と正対し、直筆の「支援のお願い」の手紙を読み進めるにつれて、
私の表情から笑顔が消え、内容に引き込まれていった。
心の中に、言いようもない悲しみと、切なさと、憤りとがこみ上げてきた。
手紙に書かれていないことをいくつか質問し、彼女の背景を最低限把握した。
「今日は何も約束してあげられないが、一緒に祈り続けようではないか」
と激励し、一緒に短くお祈りし、彼女をゲートまで見送り、握手して別れた。

その日の後、私なりに祈り、彼女のことを積極的に調査した。
彼女の生活苦はナマンガでも有名で、
多くの人が、彼女は他の誰よりも支援に値する、と明言した。
小学校にはいていく靴がなかったときに恵んであげた女性、
日曜日に教会に着て行く服がなかったときに服を恵んであげた女性、
彼女の小学校の先生、彼女のご近所さん、彼女の居住地域の長老、
確認できる人たちにはすべて確認した。
彼女が私に書いて説明したことはすべて真実であり、
嘘偽りなく本当に支援を必要としている娘だと、
誰もが口をそろえて言った。

何故貧乏から抜け出せなかったのか?
まず、資本となるべきものが何もなかったからだ。
畳一畳分の土地すらも、建物も、牛も山羊も羊も鶏も。

そして、資本の源である人間も無能であった。
母親は激変する世界経済の影響を受けているナマンガで取り残され、
経済活動の能力もなく、
生活苦がさらに母親の心身をむしばむという悪循環に陥っていた。
わずかにマサイ・ビーズのアクセサリーを売っているらしいが、
他の専門のママさんたちに比べて規模は小さく計画性も商売の話術もない。

兄たちも、そんな母親を支えるどころか、
生活苦から逃げ出してしまい、
逃げるだけならまだしも、
メリーを結婚させて金を稼ごうという悪い考えさえ抱いてしまったのだ。

さて、キラキラは、
昨年口約束を取り付けたばかりの公立キラキラ小学校建設のために、
用地を地元政府から供与されることになっている。
このため、数年前に計画していた、
毎年1人~2人の特別な事情のある児童を何らかの形で支援していこうという案を休止して、
資金も力も、全勢力を小学校建設の方向に向かわせようとしていた。
しかし、土地供与の件が地元政府の委員会でしばらく止まっている。
ナマンガ地域の根が深く深刻な土地問題と、
今年の末に行われる大統領選を含めた統一選挙のために、
地元政府からの公式な返事はかなり遅れるだろうと見なしている。

そんな矢先の、メリーの来訪だった。

腰を落ち着けて計算してみた。
現在特別に支援しているスコラ、アブラハム、マリアの募金はおかげさまで好調で、
支援完了後に余剰金が出る期待があり、
2010年日本側キラキラを支える会の総会にて合意した、
余剰金が発生した場合に他の新たな児童の特別支援にまわす、
ということへの適用が可能である。

一方で、ケニアの物価高騰はすさまじく、
学費も年々驚くほど値上げされており、
支援開始当初楽観視していたスコラの支援すらも、
辛うじて全うできそうだというくらいに切羽詰ってきている。
幸いケニア・シリングの下落と日本円の高騰により、
物価高騰の影響はある程度相殺されてはいるが、
厳しく先が読めない状況にあることには変わりがない。

では、スコラとメリーを比較してみよう。
スコラもメリーもシングル・ママに育てられ、
父親からはずっと昔に捨てられ、
兄弟姉妹もたくさんいるという点では共通する。

スコラは、
小学校8年生を終えるまでに2回留年し、
そのおかげで卒業試験311点という好成績を取った。
この好成績は彼女の素質というよりは、地道な努力によるものと言える。
メリーは、
小学校8年生を終えるまでに一度も留年しなかった。
4年生頃まではクラスで一番の成績を取るくらい、もともと頭が良かったが、
生活苦により成績は下がり、結局卒業試験では259点に留まった。

スコラは、
キラキラの支援により全寮制の女子校に進学した。
そこの学費は全寮制とあって高額で、しかも年々高騰しているが、
学費以外の支出(教科書・ノート・必需品・交通費など)は全て母親が負担できている。
メリーは、
キラキラの支援により学費はもちろんのこと、
それ以外の支出、鉛筆一本から生理用品に至るまで、
きめ細かい支援が必要となって来ることは必至である。
しかも、それらの細かい出費は予想ができず、
身近にいて密に連絡を取り合える状況でないとなかなかできないであろう。

スコラは、
母親は生活苦ながらも能力があり、何とか労働に励んで家族を養っている。
スコラの兄弟姉妹たちも、家族に協力的で、
しっかり学校に通い、成績は優秀の部類に属している。
メリーは、
母親は生活苦かつ無能であり、生活の基盤が全くない。
メリーの上の兄たちはそんな無能の母に全く協力しない。
メリーの弟妹たちは、学校に将来行けるのかどうかの見通しすら立っていない。

スコラも当時、ナマンガ中で支援が必要な十代の筆頭だったが、
今のメリーに比べるとはるかに恵まれていると言えるのではないだろうか。

では、メリーをどのように支援しようか。
厳しい家庭環境から離してあげて、
全寮制の学校に入れてあげるのがベストであろう。
しかし、ナマンガから近いところにある(交通費が安くて済む)全寮制の学校は、
メリーの成績では入学できそうにない。
さらに、スコラのように学費だけの支援で済む話ではない。
学用品や生活必需品まで面倒見なければならない。
そして、ナマンガ地域では遅れているが、
他の地域にはセコンダリー校がたくさんあり、進学率も高く、
全寮制よりも通いが一般的である。
幸い、ナマンガには創立5年を経過した公立ナマンガ共学セコンダリー校がある。

昨日、メリーと母親をキラキラの事務室に招いた。
メリーのことで心を痛めていたAIC小学校の校長先生もタイミング良く同席した。
公立ナマンガ共学セコンダリー校で良いかを確認。
さらに、もはやメリーに結婚を強制せず、
セコンダリー校を卒業するまで家族が干渉をしないということを確認。
実は母親も、心の中では、
他の娘さんたちと同様に自分の娘をセコンダリー校に進学させたいと思っていたのだ。
しかし、生活苦で資金も何もない状態で、
無産の兄たちからけしかけられ、
しかたなくメリーの結婚という妥協案に同意していたのである。
メリーを売るという家族の計画は、ここでぶち壊されることになった。

メリーも、母親も、泣いた。
「お母さん、どうして泣いているの?結婚の話が破談になったから?」
と校長先生がマサイ語で尋ねると、
「いや、進学させてもらえるのが嬉しいから」と。
メリーも、涙を頬につたわせながら、うん、うん、とうなづいた。

☆☆

公立キラキラ小学校を建てる前に、猶予の時が与えられた。
キラキラはこの猶予の時に、一人の少女を救済し、
彼女の人生に価値を付加することになった。

☆☆

現在、メリーは公立ナマンガ共学セコンダリー校へ願書を提出し、
正式な入学審査の返事を待っている。
さらに、昨日私が説明したやり方に従って、
キラキラへの正式な支援(奨学金)要請の情報・文章を、
練りに練って書いていることであろう。
その後、メリーには、
小学校の校長、キリスト教会の牧師、地区の自治会役員、
そしてナマンガの町長からの文書での同意と確認を集めて来てもらう。
それによって、
今後学校を退学させて結婚させようなどと言う家族の計画が再燃することはないであろう。

☆☆

この、メリー・セエンダのセコンダリー校進学支援のための寄付金を募集いたします。

現時点での見積もりは、
初期費用 2万円
学費 年間2万円×4年=8万円
学用品・必需品 年間1万円×4年=4万円
計 14万円
これをけちりにけちって節約しながら、
メリーのために、
大事に大事に有効に役立ててまいりたいと思います。

寄付金の送付先は、

ゆうちょ銀行振替口座
00220-3-39508
『キラキラを支える会』

他行から振り込む場合の口座情報詳細は、

〇二九店 (ゼロ二キユウ店)
当座預金
口座番号0039508
『キラキラヲササエルカイ』

ゆうちょ銀行(郵便局)窓口で振込みをされる場合、水色の用紙になります。
備考欄に「メリーのために」などとご明記下さい。
また「ブログを見て」「mixiを見て」「Facebookを見て」などとご明記下さい。

インターネットやATMなどで振込み・送金をされる場合、
入金がメリーのためであるということを明記したメールを、
下記アドレス宛に送信していただきますようお願いいたします。
kirakira_sasaeru@yahoo.co.jp

あるいは、私自身がこの4月~7月に日本にまいりますので、
会った時に直接手渡しくださってもかまいません。

☆☆

長文を読んでくださりありがとうございます。
この私の文章だけでは、
メリーのこと、彼女から受けた感動などを、すべて語り尽くせませんが、
行間をも熟読して、メリーの涙を汲み取ってくださると感謝です。

また、その後の状況を報告させていただきます。
神様の導きが、メリーと、キラキラの上に、ますますありますように。


メリーとお母さん

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現地キラキラ・プロジェクト
コーディネーター
相原功志 記
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by kjkirakira | 2012-02-09 17:45 | 現地で 特別児童