アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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2学期終了後初の補習塾

本日は土曜補習塾。

普段全寮制の学校に行っていてナマンガにいない連中も、
普段地元の小学校の高学年とあって忙しくて来られない連中も、
この日は大集合。

事情があって日本の5組の方々あてに、
手紙を書いたりやメッセージビデオなどを作成したり、
楽しく和気あいあいと過ごしました。

まりつき遊びの女の子たち。

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サッカーに興じる少年たち。

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左より、マリオン(2年生)、ラソイ(1年生)の従姉妹。

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左より、マギダ(年長組)、カレチェ(1年生)の姉妹。

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左より、ジョゴー(4年生)、マンデラ(2年生)の男友だち。
今年のキラキラ土曜補習塾にあって、出席率、努力、態度、全てにおいてぴか一!

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左より、セネイヨ(2年生)、ファトゥマ(2年生)の仲良し女友だち。
このファトゥマ、普通に写真に撮られるのに慣れて、
何か奇抜なことをしないといけないと思っているのでしょう。

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左より、ムワンギ(1年生)、ナハション(1年生)の仲良し男友だち。

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この少女アビカレ(2年生)、
成績優秀、活動的、仕事熱心、謙虚、…、
すべてにおいて、キラキラ史上ナンバーワン!
この日も他の子たちが遊びに興じる中、
言われもしないのにせっせとぞうきんがけです。

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左より、ジョビエル(5年生)、フランシス(6年生)、デリック(5年生)の、ご近所男友だち。
3人とも、キラキラ保育園出身ではありませんが、
いろいろな事情から、キラキラ所属の小学生として参加しています。

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左より、コリンス(5年生)、アブラハム(6年生)の、キラキラ草分けの男友だち。
2008年に一時的に開設したキラキラ小学校1年生部門に、
実質的に2年生、3年生として在籍していました。

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この日に集まった児童生徒たち勢ぞろい。
ポーズを取れ!と言うと、このようになります(笑)。

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この日はちょっといつもと違う内容でしたが、
来週からは引き続き、
掛け算九九やローマ字読みなどで彼らの学力基礎を追求していきます。


相原功志 記
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by kjkirakira | 2011-07-31 00:00 | 現地で 小学生支援
本日、キラキラ保育園の2学期の終業日を迎えました。

学期末の終業日には、あらゆる良い面、悪い面が明るみに出ます。
しかし、学期を経るごとに、キラキラはますます頑丈になり、
仕事が増えていく半面、仕事がスムーズにいくようになりつつあります。


さて、まずは恒例のTシャツ贈呈式。
2学期(5~7月)59日間、無欠席だったこどもたち23人に、Tシャツの贈呈です。
赤と黒はキラキラ保育園の制服。
この日、制服を着ていない子もちらほら。

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白またはオレンジ色のTシャツを身にまとった23人の園児たち。

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年長および年中組の男児たち。
左より、クドラ、ラザロ、アイサック、リチ、ブライアン、デニス。

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年少組の男児たち。かわいいですねぇ。
左より、サム、サンガレ、エゼキ、セディ、セレモン、ハリ、エリック。

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年長組の名物双子。入園以来、2年と1学期の間、無欠席記録を延長中です。
左より、マイケル(弟・1700g出生)、ラファエル(兄・2200g出生)。

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健康的で頼もしい2人です。

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年長組のモーセと、年少組の双子の弟、左より、ワシラとカゴ。
毎週のように、下校時にお母さんに近くのクリニックに連れて行かれるほど、
病弱(カゴ)と言うか、薬好き(母)と言うか、…、
とにかく、家族一丸となっての無欠席チャレンジに成功しました。

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今は弱々しくも、
いずれはラファエルとマイケルのように、頼もしくなってほしいものです。

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無欠席女児は5人だけ。
キラキラは昔から男児の方が多い(3分の2くらい)傾向にあるのですが、
無欠席となると、余計に男児の方が多くなります。
咳を「こほん」と一回しただけで、女の子の親は家で休ませるのでしょう。
5人とも年長および年中組。
左より、アビフォイ、アンナ、ナイパノイ、ファイス、レベッカ。

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そして、夕方のPTA総会。
下は、議題を書きだした黒板。

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だいたいの流れは1学期末のPTA総会とほぼ同じ。

無欠席者の表彰

スタッフ紹介+各クラスの活動報告
教員としてデビューを果たしたジョイス先生も、
声を震わせながらも上手に発表できました!

学費・給食費の納入をより早い時期にしましょう!との呼びかけ。

出席・欠席状況。
1学期に比べて改善が見られるものの、
一部の問題ありの児童たちを、何とかフォローしていきたいものです。

登校と下校の保護者同伴ルール、時刻厳守の呼びかけ。

制服普及への努力と成果。

水問題の解決と感謝。

来年1月に小学校に進学する園児たちの保護者へ、
早めの計画と準備のすすめ。

今後のために、出生証明書取得を急ぐように呼びかけ。

PTA役員会の活動の報告。

キラキラ・コミュニティー小学校開設へ向けて、
政府からの土地無償供与の話が進み、
3学期に大きな動きが始まるという話。
この件について悪戦苦闘してきた役員の皆さんのうち、
何人かを指名して、あいさつと説明。

出欠を確認しながら、2学期末試験の成績表の配布。

日本がいまだに地震と津波のダメージと放射能の汚染の中で、
苦境にあることを説明し、祈りを呼びかけました。


閉会後、
何人か質問がある保護者が私のオフィスに来て話をしていきました。

その後、
毎回マサイビーズのアクセサリーで学費・給食費を払うお母さんたちが、
別の教室に集まって、品物を机の上に広げ、
各児2000シリング分ずつ購入し、
3学期の学費+給食費である1000シリングをその場でいただき、
残りの1000シリングを手渡していきました。
実にこの日だけで園児15人、想定外に多くの子の親がビーズで払って行きました。

その間、先生たちは教室の後片付けをしたり、記録を書いたり。
そして、職員会議。
いくつか細かい点を確認し、3学期始業の9月5日に会いましょうということで閉会。

職員一人一人別々にオフィスを訪れ、7月分の給料を手にして行きました。


その後、一人オフィスに残って、
ビーズアクセサリーの購入費と、学費+給食費の収入とを計算。

満点の星空を眺めながら、家路に就きました。
南十字がキラキラしていました☆☆


相原功志 記
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by kjkirakira | 2011-07-29 19:12 | 現地で 保育園

2009年長組OB・OG

本ブログで2009年7月と11月で、
当時の年長組の期末試験上位3人を紹介しました。

その3人だけでなく、
当時の年長組にはとても優秀かつ頑張り屋がそろっており、
我々としても、2009は大成功した年でしたし、
現在2年生として地元の公立小学校に所属しながらも、
その軌跡は明らかに続いています。

先日のキラキラ土曜補習塾で、
その3人がそろいました。
左より、
マリオン(2003年生まれ・女子)
アビカレ(2003年生まれ・女子)
ファトゥマ(2002年生まれ・女子)

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この3人だけでなく、
その同級生たちの補習塾出席率は他の学年より秀でています。
この日に集まった2年生たち(2009年長組OB・OGたち)の写真、
左より、
トーマス(2003年生まれ・男子)
ピーター(2003年生まれ・男子)
マンデラ(2002年生まれ・男子)
セネイヨ(2001年生まれ・女子)
アビカレ
マリオン
ファトゥマ

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毎年順風満帆にいくわけではないし、
全員のこどもや親から感謝されるわけでもありません。
10人中、感謝が帰ってくるのは1人いれば上々だと、
考えておいた方が身のためです。

感謝のある1人のために、そして、
感謝のない9人のためにも、
キラキラは改善を重ねながら最善を目指していきます。


相原功志 記
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by kjkirakira | 2011-07-25 15:54 | 現地で 小学生支援

スタッフ不足解消へ

2学期(5月~7月の3か月間)を迎えようという時点で、
キラキラ保育園は、昨年来のスタッフ不足を引きずっていました。

そこで、5月11日のブログに綴ったように、
調理人のジョイス先生を教室の先生に格上げし、
新たに調理人としてジュリアナ先生を雇う戦略に出ました。

といっても、小学校すら1年間も通ったことのないジョイス先生にとって、
いきなり教室の担任になることは過酷です。
そこで、ジャシンタ先生や私と一緒に教室に入って、
教え方を学んでもらうことにしました。

5月の2学期始業前に、
一人女性の先生が職を求めて我が家までやって来ました。
後日電話で、明日面談するからキラキラに来てね、と伝えました。
ところが、彼女は来ません。
またしても!
2学期が始まってからも、彼女はやって来る気配がありません。
電話一本ありません。

後日、状況を分析すると、
昔キラキラ保育園児の保護者だった男性が、当時の妻と離婚し、
その女先生と再婚しているらしいのです。
その気恥ずかしさから、キラキラへの求職を断念したのかもしれません。
こっちは、公私を完全に分けて、雇うつもりでいたのですが…。

というわけで、2学期のスタートとして想定していた、
年長:アン先生
年中:その新しい先生
年少:ジョイス先生withジャシンタ先生
というシナリオははかなく崩れ、
そのかわり、
年長:アン先生
年中:ジャシンタ先生
年少:ジョイス先生only
でスタートすることになりました。

5月下旬よりジャシンタ先生が産休に入り、
私自身が年中組を担当することになりました。

そして5月末、
キラキラの外を通りかかったよその学校のケジア先生。
聞くと、これまで勤めていた私立幼稚園の園児数が減ったために、
やむなく解雇されて職を失い困っている、とのこと。
「ジャシンタ先生の産休代員としてうちで働いてみるか?」
との打診に応じ、翌日正式に申請書を携えて面談にやって来ました。

このケジア先生、2005当時のキラキラ園児の保護者。
そして、当時また別の保育園の教師をしていましたが、
教え方が下手として有名?でした。
その後、よその幼稚園で訓練されて、
ある程度できる先生になったであろうと期待して雇いました。

6月頭より、
年長:アン先生
年中:ジョイス先生with私コージ先生
年少:ケジア先生
で再スタート。

ケジア先生は、前評判とは裏腹に良く働いています。
とくに、教室やトイレの清掃、おもらししたこどもの世話など、
逃げずにしっかりやっています。
教室運営も、校庭での体育の時間や休み時間も、
こどもたちと一体となって楽しくやっています。

そして、ケジア先生の側からのコメントとして、
伝え聞いた話では、
キラキラはスタッフに対してもとても厳しい学校で、
そう簡単にはやっていけず、よほど努力しないとつとまらない、
という評判があったが、
実際に働いてみると、
運営はスムーズで働きやすいし、
本来あるべき保育園のあり方を貫いているし、
給料も払い遅れがなく、頑張れば給料も増えていくし、
普通に努力してマナーを守っている限り、
とても働きやすい環境だ、
と言っていたそうです。

さて、ジョイス先生と一緒の年中組は、
初めはほぼ100%私が教え、
ジョイス先生はこどもたちと一緒に教わるような立場を取ってもらっていました。

徐々に、宿題、午後の授業、11時半の小授業と、
ジョイス先生に仕事をゆだねていき、
ついには、8時半の授業も、10時の授業も、
完全に私抜きの彼女だけで運営できるようになったのです。

教室だけでなく、
以前から体育の時間や休み時間のこどもたちとの交流はぴか一で、
さらに、教室やトイレの清掃などもしっかりやっていたのですが、
さらに、
朝、こどもたちと保護者たちを迎えてノートにチェックし、
保護者たちの諸々の質問に応じ、
夕方、こどもたちが迎えに来た保護者や兄姉たちと家路に就くとき、
ノートにしっかり遅滞なく記録をすることができるようになりました。

想像してみてください。
小学校に1年間も通ったことがない人が、
今や、園児90人のフルネームと、それぞれが誰と一緒に家路に就いたか、
把握するだけでなく、ゆっくりですが、しっかりとノートに記録できるのです!

しかし、先日ミスも発覚しました。
彼女が園児たちの宿題ノートに、
0-5=
という引き算を書いていたのです。
一度や二度ではありませんでした。
最初はてっきり、「こんな計算はあり得ない」
ということを園児たちに教えようとしているのかな、と思ったのですが、
念のため、呼んで、確かめました。
5-0=と0-5の違いは?
5-0=5だけど、0-5=0との答え。
あぁ、良かった、確かめておいて。
引き算は、引かれる数の方が引く数よりも大きくなければだめ、
ということを再確認。
また一つ、生徒としても、先生としても、成長してもらいました。

アン先生に関しては、
キラキラ史上長く雇われた先生としては目下2位で、
そろそろ1位に躍り出るくらいなのですが、
家庭のストレスを職場に持ち込んでしまっているという問題があります。
先日は、個人的な借金取りが、
校庭の中まで入って彼女を責めに来たほどでした。
しっかり給料を払っているのに…。
だんなさんが無職で、2人の小さい子を育てながら、
ある程度同情はしますが…。

調理のジュリアナ先生は、
ジョイス先生ほどアクティブではありませんが、
真面目で正直者で、十分に調理の仕事を全うしています。
この頃では、少しずつこどもの名前や性格も把握し、
配膳や食器洗いに際して、
こどもたちに指示や注意を与えることができるようになりました。

3学期(9~11月)には、順当にいけば、
年長:ジョイス先生withジャシンタ先生(産休明け)
年中:アン先生
年少:ケジア先生
調理:ジュリアナ先生
となります。
ジョイス先生にとっては、生徒としても、先生としても、
年少・年中・年長を経験して、
全ての教室に入ることが可能になることでしょう。

また、ジョイス先生には、
事務所での会計(お金の出入りの記録)のことも教え、
来年の、私とジャシンタそろっての訪日時に、
キラキラ現状維持のために備えるつもりです。
つまり、専門的能力はないが、
仕事やこどもたちへの努力と愛情と興味のあるジョイス先生を、
オールラウンダー(教育・調理・会計・遊び・他)として、
広く浅く訓練するのです。

そのためには、近い将来新たにもう一人の先生を雇う必要があります。
雇う人のあては何となくあります。

小学校建設・開設という近い将来始まる大きな動きを前にして、
私とジャシンタは、監督・監査・全責任に徹し、
指一本動かさずに口でYesとNoだけを言うだけの存在になれたら理想的です。

2学期はあと1週間ちょいで終了。
ジャシンタが産休で不在の中でも、
おかげさまで順調のまま終業日を迎えることができそうです。

相原功志 記
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by kjkirakira | 2011-07-21 15:49 | 現地で 保育園
去る7月8日、
普段マサイビーズのアクセサリーで学費を払っているお母さん・お婆ちゃん方を招待し、
ちょっとした会合(パーティー)を開催しました。

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実に19人。
今でも伝統的なマサイの暮らしをしている方々もいれば、
町の生活に順応した方々もおり、
はたまた、マサイでない他の部族の方々もいらっしゃいます。

それぞれのこども(たち)と一緒に記念撮影です。
年長組のこどもなどは、恥ずかしがっていました。

下は、ンクンカット(年長組男児)とお母さん

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教室に入って、ビーズのアクセサリーを机の上に広げてもらいます。
そこで、私が片っ端から巡回して、一人につき2000シリング(2000円)分ずつ購入します。

下は、教室内の様子

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この日だけは、学費を払ってもらうのではなく、全額現金で払ってあげました。

以前は、日本からのツアーなどがキラキラにやって来る時に、
このお母さん・お婆ちゃんたちを招いて、
その場で直に交渉してツアーの皆さんに買ってもらうということをしていたのですが、
不公平感、欲求不満、混乱・口げんかなどが過去に生じたために、
予め私が購入しておいた品々を、ツアーの皆さんに販売するという方式に変えたのです。

皆さん、2000シリングを手にして、保育園でこどもたちと触れ合えて、
大満足の大感謝。

しかし、私の側も、心の中で感謝です。
一つには、
彼女らがナマンガにおいて、
キラキラの強力なサポーター、ファンとなっていること。
二つには、
たとえ少額でも、
彼女らの品々が日本のフェスタなどで売られ、
キラキラの収入源となっていること。

下は、この日購入したビーズ・アクセサリー大集合。
何だかよくわからないけど、きれいでしょう?

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フェスタや専門店などで、こうしたアフリカのビーズをご覧になるときは、
うちキラキラのお母さん・お婆ちゃんたちのことも思い出してください。



<案内>

7月18日(月・祝)12:00頃~
JICA地球ひろば(東京メトロ広尾駅より徒歩2分)にて、
フェアトレードのマーケットがあり、
キラキラを支える会も出店予定。



相原功志 記
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by kjkirakira | 2011-07-15 20:41 | 現地で 民芸品購入

英語スピーチ

昨年、英語スピーチ(国際理解英語弁論大会)に出演し、
キラキラに関してスピーチして優秀賞を取った高校生Lさんが、
今年も同じ大会に出演し、
再びキラキラに関するスピーチをして、
見事最優秀賞(1位)をgetいたしました。(パチパチパチ)


以下、その日本語訳。


「ケニアからのポストカード」
栃木の高校2年生Lさんによる英語スピーチ

ある日、私はポストカードを受け取りました。
送り主は何とアフリカの少年、名前はKくん。
次のように書かれていました。

親愛なるLさん、
ぼくの名前はKです。
16歳です。
ぼくもあなたと同様に高校生(9年生)です。
日本で起こった出来事に対して、お見舞い申し上げます。
神様を信じれば、どんなことでも可能です。
ぼくも、Lさんたちが勉学などの活動を安全に続けていくことができるように祈っています。
また、宇都宮の皆さんに対しても「がんばれ」という言葉を送りたいと思います。
神の恩恵が、Lさんたちとともにありますように。

何日か後に、相原先生からE-mailをいただきました。
相原先生は、私の家族と親しくさせていただいている方で、ケニアでキラキラ保育園を立ち上げて運営していらっしゃいます。
こどもたちのために一生懸命働いていらっしゃいます。
そして、Kくんは何と、相原先生がご家庭で養育している少年ということです。

E-mailによると、Kくんはアフリカで全寮制の高校に通っています。
Kくんのお父さんは飲みすぎで肝臓が悪く、Kくんのお母さんは精神科で治療を受けていたようです。
Kくんがまだ幼かった頃に、両親ともに他界してしまい、Kくんは孤児になってしまいました。
その後、Kくんはおばさんにあたるジャシンタさんに養育されてきました。
そのジャシンタさんが、今の相原先生の奥さんにあたります。

相原先生が日本人であるために、Kくんは日本に関心を持っていたのでしょう。
日本で今年の3月11日に大震災が起こった後、Kくんはそのことをニュースで知ったのです。
Kくんは日本のために何かしようと思い立ち、ポストカードを書き送って、同情の気持ちを表現しようとしたのです。
そんなわけで、私のところにKくんからのポストカードが届いたのです。
Kくんは福島の方へもポストカードを送ったようです。

私は、ポストカードとE-mailをもらう前、とても落ち込んでいました。
私は毎日テレビで被災地の深刻な状況を見て、何もできない自分に空しさを感じていました。
私は被災された方々に食糧も支援金も提供することができず、被災地に赴いて働くこともできないでいたのです。
私はただ、「悲惨すぎる」という言葉を繰り返すばかりでした。
私ははっきりと、自分が無力であることを思い知らされ、いらいらしたり悲しんだりしていたのです。

しかし、Kくんのポストカードは、そんな私を大いに励ましてくれました。
それだけでなく、私も何かしなければと奮起させてくれたのです。
Kくんは遠く離れた国に住んでおり、日本に来ることもできないにもかかわらず、アフリカにいながら日本のためにできることはないかと考え、それを実行に移したのです。
Kくんの行動は、結果的に大きな励ましとなりました。
ということは、私にも今すぐここでできることがある、ということなのです。
Kくんは、自分の厳しい生活環境にもかかわらず、私を大いに元気付けてくれたからです。

そこで、私にできる3つのことを思い付きました。

第一に、省エネです。
例えば、私の家族は車の中ですらエアコンを使いません。
そうすることで、電気と資源の節約につながります。
夏が近付くにつれて、ますます暑くなっていきます。
しかし、私は省エネに励んでいきたいです。

第二に、被災の状況についてより確かな情報を得ることです。
そうすることで、何か他にできること、あるいは直接できることは何か、わかることもあるでしょう。

第三に、私が仕入れた情報を外国の人たちに発信していくことです。
最近は、多くの外国人が来日をためらっています。
というのは、日本に関する良くない噂が独り歩きしており、日本の真実の姿が知られていないからなのです。
真の情報こそが世界中に発信されなければなりません。
そうした確かな情報というものは広まるのに時間がかかります。
しかし、私自身もそのために行動していきたいです。

まずは、Kくんと手紙をやり取りして、お互いのためになる情報をもっと交換していきたいなと願っています。

5月21日、私はKくんに返事の手紙を書き送りました。Kくんからの返事を心待ちにしています。

ご清聴ありがとうございました。

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by kjkirakira | 2011-07-06 19:42 | 日本で 活動報告