アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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キラキラ年度末の表彰

キラキラ保育園の2010年3学期末、つまりは年度末、
いつもの表彰です。
前回同様、寄贈Tシャツをプレゼントです。


先ずは無欠席者。
3学期56日間無欠席者はぐ~んと増え、24人!
前回無欠席者にTシャツをプレゼントしたのが好評だったみたい。
今回は多くのこどもたちが頑張って栄冠を手に入れました。

無欠席で薄いパープルのTシャツをgetした、年長組の男児8人。

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同じく、年中・年少組の男児9人。

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同じく、年長・年中・年少の女児7人。

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無欠席表彰者24人勢ぞろい。

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続いて、成績優秀者は、オレンジ色のTシャツをgetです。
年長組で断トツのトップ3。
左から、ロビンソン(6歳男児)、コイシキル(6歳男児)、エミリー(7歳女児)。
3人とも地元のAIC小学校に進学しますが、
トップ5の中でしのぎを削ってくれることでしょう。

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続いて、学費納入が早かった5人は、紺色のTシャツをgetです。
左より、アリ(7歳男児)、アンナ(5歳女児)、フェイス(5歳女児)、ナハション(6歳男児)、
もう一人のジュニア(5歳男児)はこの日は欠席。
90人超の全キラキラさんたちの中で、
この5人だけが、学期ごとの学費を、毎学期の最初の月に現金でばっと納めてくれたのです。
当然と言えば当然なのですが、なかなかできることではありません。
しかし、彼らが裕福だからというわけではありません。
貧しい典型的なキラキラさんです。
しかし、保護者のしっかりした計画性と支払いは早く済ませる!というポリシーのために、
この栄冠を手にしたのです。
貧しくてもやればできるのです!
だって、ひどい保護者なんか、3学期末の最後の1週間で2学期分の学費を納めたくらいですから。
他の保育園に比べて安い学費なんだから、早く払ってしまいましょう!

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日本の皆さんの中でも、
決して貧乏ではないのに、計画性がルーズなために、
給食費を滞納したり、電気・ガス・水道を止められたりする人がいませんか…?



最後に、キラキラ保育園2010年度3学期の集合写真。
赤と黒の制服を着ていないこどもはほとんどいません。
前列:年少組
中列:年中組
後列:年長組
最後列:左より、アン先生(産休中)、ジョイス先生(調理)、ジャシンタ先生(園長)

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キラキラ2010を支えてくださり、ありがとうございました。

2011も、キラキラはキラキラとして、
ねたみややっかみを気にせずマイペースで、
高い評価や賞賛にも謙虚な姿勢を保ち、
支援者の皆さんの夢を乗せ、歩んでまいりたいと思います。


現地キラキラ・プロジェクト
コーディネーター
相原功志 記
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by kjkirakira | 2010-11-26 22:11 | 現地で 保育園

キラキラ11月の日常

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上の画像、キラキラ保育園年長組の3学期末試験の一問です。
絵が四つ描いてあって、該当する名前を上から選びます。
正答率は上々。
皆さん、おわかりですか?

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上の画像、早朝に登校してきた園児たちが、
先生たちの目の行き届かないうちにけんかをし、
右のマシャリア(7歳男児)が左のブルノ(6歳男児)の首を打って、
首の筋を痛め、首を動かすことができなくなってしまいました。
幸い家で2~3日休み、平常のブルノに復活しました。
2人は家も近く、仲良く一緒に下校する仲です。

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上の画像、右ベネッサ(7歳女児)と左ウィニ(8歳女児)。

全く関係なかったこどもたちが、
キラキラで出会い、仲良くなったりけんかしたりしつつ、
絆を深め、兄弟姉妹同様となり、
そして、巣立って行くのです。


相原 記
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by kjkirakira | 2010-11-25 21:34 | 現地で 保育園

キラキラ雇用問題

久々に現地から、多忙な中にせっせとブログ更新です。

キラキラ開設以来6年間、
保育園の教員確保&維持はプロジェクトいちばんのストレスです。
なかなか、理想的な教員がいないのです。

努力はするけど教えたりしつけたりする能力がなかったり、
遅刻や欠勤の常習犯だったり、
いかに給料をもらっていかに多く休むかずる賢くやっていたり、
身体を動かさずに傍観するばかりだったり、
指摘されるまで仕事をしようとしなかったり、
指摘されても指摘されても理解せずに仕事ができなかったり、
…。

これまで13人くらいの教員を雇って来ました。
各人各様の理由でやめていきましたが、
幸いにも能力・努力不足で私から解雇した人はいません。

さて、今年の3学期(9月~11月)、再度試練がやってきました。

2学期に大病で足を切断するに至った女性教師が、
キラキラの教職をやめたくないと言ってすがりついていました。
しかし、そこまで雇用の福祉を充実させられるほどキラキラにもゆとりはありません。
しかも、その教師には、一つの大きな決定的な失敗が…。
その失敗を取り返せない限り、私も喜んで彼女を迎えることはできません。

3学期の初め、2学期途中(相原不在)から雇っていた男性教師は、
二言三言私が「こうして」「ああして」と言っただけで、
翌日から来なくなりました。
珍しく大学まで出ている人なのですが、
ほんの少々のストレスに耐える力がなかったようです。

9月下旬、25歳のよその学校に勤務する女性教師が面談にやって来ました。
そこでの待遇が悪いらしく、とくに、給料の遅滞が甚だしいようでした。
しかし、さあ雇おうとしたとき、待遇・条件の問題で合致できませんでした。
結局こちらから、ごめんね、やっぱり雇えない、と言わざるを得ませんでした。

10月上旬、20歳の男性教師を雇おうとしました。
彼は、土曜の夕方(勤務時間外)に我が家まで確認にやって来ました。
しかし、月曜日に来てね、と言ったのに、来ませんでした。
そのまま音沙汰なし。

10月中旬、20歳の男性教師を雇おうとしました。
待遇や条件も、ほぼ合意していました。
しかし、月曜日に来てね、と言ったのに、来ませんでした。
そのまま音沙汰なし。

この間、90人を超えるこどもたちを、
本来は年少・年中・年長の3クラスに分けるところを、
下のクラスと上のクラスとの2クラスに分けて、
ジャシンタ先生とアン先生の2人で分担し、やってきました。
人手が足らなくなる部分や時間帯は、
コーディネーターの私や調理人のジョイスさんまで動員して。

そして、11月上旬、ようやく新教員をgetすることができました。
そのローズ先生は、
2008年2学期から2009年2学期にかけてキラキラに務めていましたが、
家庭の事情で仕事が続けられなくなり、
実家のキクユランド(ナイロビの北)に帰って行っていたのです。
しかし、彼女はやめたときに礼儀を尽くしていたので、
私たちも、彼女から、
家庭の事情が良くなったから、
仕事があったら声をかけてほしい、と電話で言われた時、
快くOKの返事ができたのです。
かくして、彼女は再びキクユランドからナマンガへやって来て、
キラキラの門をくぐり、再度うちの保育園の教師になりました。

やれやれ、と言いたいところでしたが、
身ごもっておられたアン先生、予定していた12月下旬を大きく早め、
先日土曜、ご出産されました。
つい金曜まで、元気に働いて、「月曜に会おうね」と言って別れたばかりでした。
勤労・努力・計画性・従順、その他の良い資質を備え、
高卒止まりで保育士資格はないにもかかわらず、
キラキラ保育園史上たぐいまれな良い先生、One of the bestsでした。
土曜の朝に出産し、土曜の夕方、妹を我が家に遣わし、
手紙と、彼女が携帯していた仕事関係の物品を渡してきました。
手紙には、「驚いたことに、今朝こどもに恵まれました!」と。
今はゆっくり赤ちゃんと静養して、
来年ちょうど良い時期に職場に復帰してほしいものです。

ケニアの経済成長(といっても歪んでいますが)と物価上昇のために、
教員の給料は年々上げていかなければなりません。
同様に、アン先生やローズ先生のような良い先生には、
それに見合った形で年々上乗せしていかなければなりません。

キラキラで変わらない部分(コーディネーターとジャシンタ先生)は、
少なくともたゆむことなく努力して、
様々な魅力や弱さを抱えた先生たちのタレントを引き出して、
うまく付き合って、平和に学校生活を送り、
こどもの育成に励んでいかなければなりません。


現地 コーディネーター
相原功志 記
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by kjkirakira | 2010-11-15 17:24 | 現地で 保育園