アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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カテゴリ:現地で 保育園( 105 )

保育園史上最少!?

2017年5月3日(水)、
日本でキラキラを支える会がさいたま国際友好フェアに出展していたこの日、
ケニアのキラキラは保育園の2学期が始業しました。

始業日は、
学費の回収や、持ち物のチェックや、親御さんたちからの質問など、
いろいろ盛りだくさんということもあり、
保育園をまず始業させ、
その翌日に小学校を始業させるようにしています。

保育園の始業日には、
小学校の教職員たちもやって来て、
いろいろ手伝います。

しかし、今回の始業日は、
これまでにないひっそりとしたものになってしまいました。
何と、園児約100にん中、
始業日にやって来たのは41人のみ!!!
これは、キラキラ史上最少人数です。

始業日の出席率は、
60~70%くらいで推移していたのですが、、、。

園児が始業日に間に合わない理由として想定されるのは、
①お金がなくて学費が払えない
②休暇中に祖父母のところに出かけてまだ帰って来ていない
③休暇中に遅寝遅起きに慣れてしまい、早起き生活に急には戻れない
④休暇中の不規則な生活がたたって体調を崩している
といったことでしょうか。

今回は、これらの理由が、
普段よりも重く保護者の皆さんの上にのしかかってきているのだと考えられます。

①のお金がない理由は、
・兄や姉をまず高校や小学校に行かせるためにお金を使い、下の子(園児)の分がなくなってしまった
・いつまでも続くと思っていた休暇が、あっという間に終わってしまい、貯金しておくのを忘れていた
というパターンが多いのですが、
今回はさらに、
・干ばつが長く続き、その後の雨季にも雨があまり降らず、農業も畜産も滞り、国や地域の経済活動が鈍化し、市民の平均的な所得自体が低下している
という、とっても深刻な事態に陥っていることもあるといえます。

②の祖父母の家は、まあOKとしましょうか。

③の早起きできないことも、まあOKとしておきましょう。

④の体調管理も、小さい子たちなので、まあ仕方がないでしょうか。

③と④に関連して、
ここ数日、雨が降って曇天続きで冷え込んでいるので、
余計に早起きできなくなったり、
体調を崩しやすくなったりすることもあるでしょう。

さらに、5番目の理由として、
⑤キラキラ保育園の質が低下しているために、新学期始業に対する意欲が湧いてこない
ということがあるかもしれません。
キラキラ運営サイドとしては最も深刻な理由ではあります。

質の低下の理由として、
昨年に県で多数の幼稚園教師が雇われて地方公務員になり、
キラキラなどの私立の園の有資格者の求職者が一気に減少したということもあり得ます。
実際、1学期の間は、
キラキラ保育園の4人の「教員」のうち、
3人が無資格者にならざるを得ませんでした。

しかし、質の低下の際たる理由は、
コージとジャシンタがなかなか保育園を巡回したり監督できないために、
教職員の皆さんの活気が減退している、ということでしょう。

巡回や監督が以前のようにできなくなっている理由の最たるは、
キラキラが大きくなって3つのキャンパスに分かれているからなのですが、
実はもう一つ理由があります。

初期のキラキラは、
コージとジャシンタが頑張って、
理想となる保育園をつくって維持していました。

とくに、2005年の10月頃に、
一時的にコージとジャシンタのみで保育園をやっていた時期は、
とても熱心に全てに取り組み、
これ以上の保育園はない!というくらいの園をつくりあげていました。

しかし、このままではいけない、という危機感もありました。
熱心にすればするほどに過労が増し、中心人物が欠ければ全てが終わりになってしまうという脆弱感にあふれており、
ケニア政府が保育園や小学校にいちばんに求めるものは、目に見えないものよりも目に見える物(建物や設備や食事や水や教員資格)であり、
ケニア政府が私のような外国人に求めるものは、自ら必死に働くことではなく、ケニア人の働き手を雇用し、育成し、業務をゆだねていくことであるわけで、
長い目で見て、存続可能な保育園をつくっていく必要性を予感していたのです。

ということで、
長年かけて少しずつ、
脱コージ、脱ジャシンタに取り組んできました。

その過程で、教職員たちを指導していくことはもちろん大切ですが、
少しくらいの過ちや欠点には目をつぶって見逃すくらいのおおらかな態度も必要なのです。

この始業日の朝も、
園庭でいろいろ働く先生方を眺めながら、
私の心の中は、
ああすればいいのに、ああすべきなのに、あ~あ、の連発でした。

サービスを提供する側(教職員)ではなく、
サービスを受ける側の視点(保護者)で考えるに、
「先生方があんな感じなら、こっちもこんな感じでいいや」
「始業日からパワー全開でなくてもいいじゃん」と、
いい加減になってしまいそう。

こうしたことから、
ある程度の質の低下はやむを得ないのです。
しかし、同時に、
ケニアの平均的な学校の範囲内で、
比較的良い学校、見本となるべき学校、であり続ける必要があります。

そのためにも、
機会を選びながら
教職員たちに語りかけ続け、
教職員たちの気付きを促していく努力を、
こつこつと続けていかなければなりません。

日本では、明日5月4日もさいたま国際友好フェアが続きます。
日本でもこつこつと頑張っております。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-05-03 23:24 | 現地で 保育園

朝の保育園

年長組のヒカリさん。
お父さんもお母さんも、
しばらく忙しくしていたので、
なかなか保育園の送り迎えができず、
他の人に送り迎えをしてもらったりしていました。

しかし、やはり、
たいていのこどもは、
お父さんまたはお母さんに送り迎えをしてもらいたいのです。
ヒカリさんも同様です。

建設資材の調達が遅れて、
たまたま建設に1日休みが生じたので、
「今日は送りも迎えもお父さんがするからね」
と言うと、ヒカリさんは大喜び!

手をつないだり、
お父さんの前を歩いたり、
お父さんの後ろを歩いたりしながら、
ヒカリさんは元気に保育園まで歩きました。


朝礼前は、まず大雑把に並びます。

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キラキラ伝統の朝礼は、
びしっと並びます。

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年中組の風景です。
写真中央、紫色の上着を着ているアイリーンさん、
そのママは産休中の保育園主任教師のタビタ先生。
つい先日、女の赤ちゃんに恵まれたそうで、
アイリーンさんはお姉ちゃんになりました。

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年長組の風景。

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ヒカリさんです。

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-02-13 15:37 | 現地で 保育園

保育園初日

2017年1月10日(火)
キラキラ保育園の2017年度がスタートしました。

今回からは、
教職員の皆さんに一切をお任せするつもりで、
前日に役割分担を終えて一任していました。

私は教職員の皆さんが既に集結している頃を見計らって、
年長組のヒカリを、2年生のノゾミと一緒に引率して登園しました。

ヒカリの保護者と言う立場で、
まず学費納入チェック、
次いで出席チェック、
最後に持ち物チェック。
それぞれの持ち場で働いている先生方に、
少しずつアドバイスを施しながら、
今年度初登園の手続きを終えました。

新規に雇用されたばかりの、
年長組ユーニス先生、年中組アン先生、年少組セリナ先生は、
まだおっかなびっくり、状況を把握するので精いっぱい、と言った感じ。

この日、助っ人として集結した小学校の先生方が、
臨機応変に動いて大活躍してくれました。

スワレ先生もスムーズに学費納入チェックをこなし、
ジョイス先生も集まった園児たちを相手に、
飽きさせないようにいろいろ集団遊びを指揮して、
私は一保護者として傍観するのみでしたが、
計画性のあるとっても素晴らしい保育園の外観を満喫しました。

病気や怪我や、お金を工面できずに、
初日に登園できなかった子の保護者たちもやって来て、
「せっかく手に入れたキラキラ入園のチャンスを逃してなるものか!」
という心意気を感じました。

一段落して朝礼です。
案の定、名前を呼んでも返事をしてくれない新入園の小さい子たちがたくさんいます。
人生で初めての集団生活、ということで、
何が何だかわからなくなっているのでしょう。

それから、ママと別れて心細くて泣いてばかりの子。
朝礼の整列に参加できずに、少し離れたところで傍観している子。
やたらと石を拾ってやみくもに投げてしまう子。

そういった右も左もわからない子たちに、
徐々に集団生活の秩序を身につけさせていくのが1月の大仕事です。

状況が一段落し、
助っ人として来ていた先生方と、
スクールバスに乗ってビリカ校舎の準備に出かけました。

教室などを掃除し、
教科書などを準備し、
時間割などを調整しました。

午後3時前、保育園の夕礼の時間帯にはしっかりと戻って来て、
保護者の皆さんがこどもたちを迎えに来る様子をしっかりと確認しました。

新任の3人の先生を事務室に呼んで、
キラキラの先生としての心構え、具体的な行動様式、授業の進め方などを、
私なりの理解と方法論で解説してあげました。

ユーニス先生(小学校の教員免許所持)
アン先生(ビジネス関係の資格所持)
セリナ先生(無資格でも他の幼稚園での指導経験あり)
というユニークな経歴の3人は、
まだまだ保育士・幼稚園教師としてのノウハウを、
知識として、経験として、吸収していく必要があります。

仕事にプロ意識を持って取り組み、
頑張ってもらいましょう。

とっても忙しい1日。
無事に終了。
うちのヒカリも、久々に級友に会って、
とっても楽しかったようです。

それにしてもケニアは暑い!
真夏の時期になり、
長時間ひなたで動くと熱疲労になってしまいそう。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-01-10 23:01 | 現地で 保育園

保育園の新規入園受付

2016年10月10日(月)
キラキラ保育園の2017年度新規入園児を受け付けました。

この受付は、
年間のキラキラの運営業務の中でいちばんの大仕事です。

2004年7月、キラキラ保育園を開設。
この7月と、3学期開始の9月に、
計15人を受け付けました。

2005年1月、
初日に10人を受け付け、
保育園は1月末には60人の大所帯になり、
これは支援しきれない!と私もショックで寝込んだほど。

2006年1月、前年の熱は冷え、
毎日少人数ずつ受け付けて、
結局40人規模のちょうど良いサイズの保育園に。

2007年1月、
毎日少人数ずつ受け付けて、
40人規模の保育園に。
しかし、2学期初め、3学期初めにも入園希望者を受け付けて、
少しずつ保育園拡大の兆しが見え始めました。
さらに、3学期の初めからは、
これまでの年齢制限であった満4歳以上を満3歳以上に変更しました。

2008年1月、
私が日本にいて不在の中で、
前年から変更した年齢制限の緩和もあり、
一気に入園希望者が増えて、
90人規模の保育園になりました。

2009年1月、
毎日受け付けて、
90人くらいになって締め切りました。
この年、3学期初めに少人数受け付けたのを最後に、
年度の途中からの入園受付を取りやめ、
年度の初頭(1月)のみとしました。

2010年1月、
1週間だけ受け付けて、
100人くらいになって締め切りました。

2011年1月、
1学期初日だけで園児が100人に達し、
初日の夕方には受付を締め切りました。

2012年1月、
1学期初日の朝6時から希望者が来始め、
朝8時に締め切りました。
この年以降、
初日の朝に入園希望者を集めて説明会を開き、
それに引き続いて一人一人の手続きを進めるやり方が定着しました。

2013年1月、
1学期初日の朝4時から希望者が来始め、
朝6時に締め切りました。

2014年1月、
1学期初日の朝2時から希望者が来始め、
朝4時に締め切りました。
さすがに真夜中は危険だということで、
翌年以降の改革が求められました。

そして、2015年度の新規入園受付は、
前年の11月に行うことに。
つまり、2014年11月、
時期が早まったこともあり、
入園希望者数は激減し、
第二の集合時間の遅刻者、および、
隣国タンザニア人の一部の子弟に遠慮していただいたのみで、
110人に達し、締め切りました。

2015年11月、
受付けの場所を保育園から小学校1・2年生部門に移してみたものの、
希望者が殺到しました。
第一チェックのジャシンタ先生が、
タンザニア人や、他園からの転園児を、
うまくふるいにかけたことで、
何とかもめずに110人に達し、締め切りました。
しかし、この殺到ぶりを目の当たりにし、
翌年はもはや9月頃に行うしかないという印象でした。

そして、今回、
2016年10月10日、
ケニアの公立幼稚園の学費値下げ・内容充実化、
タンザニアの教育改革により、タンザニアからケニアへの越境通学が難しくなったこと、
キラキラ保育園の学費値上げもあり、
さすがに早すぎる9月はやめて、
10月に行うことに。

案の定、希望者は少な目。
少人数だけふるいにかければ済むという程度。

ふるいにかけられたのは、
例年通り、保護者の身分証明書やこどもの出生証明書などの必要書類不備のケース。
そして、例年以上に、他園からの転園のケースで、他園からの照会がない場合を厳しくふるいにかけました。
それから、タンザニア人。
もちろん、遅れて来た人たち。

そのうえで、今回新たに加えた基準は、
キラキラ保育園または小学校に既に兄姉がいるこどもたち。
キラキラの広くて浅い支援を受けるチャンスをより多くの家族にシェアしてあげたいということに加え、
キラキラに安住してキラキラの校則やモラルを順守しない保護者が増えつつあるという懸念があり、
新たに試みた基準です。

この結果、数人のキラキラなじみの親子が帰されることになりました。
事情を理解し、自ら進んで引き下がってくれたママさん、神様の祝福がありますように。
悪態をつきながら帰って行ったママさん、気持ちを整理してくださいますように。

ということで、6時から8時半に及んだジャシンタ先生による第一チェックが終了。

次に、整理券を手にした52人の保護者たちが、説明会に臨みます。
会の進行・説明は私が担当します。
来年からは、先生方にやってもらうつもりです。

会の後、保護者の皆さんに書類を記入してもらいます。
こどもの情報、家族の情報など、やや詳しく収集します。
そして、説明会の内容に100%同意して我が子をキラキラ保育園に託す決意をしたという署名をしていただきます。

その後、保護者の身分証明書とこどもの出生証明書のコピーを取ります。
ややITに詳しい小学校のドロシー先生がプリンター担当です。
小学校の校舎にはまだ電気が来ていないので、
隣接する我が家の台所にプリンターを置いて作業してもらいます。

それが終わると、整理券の1番から順に、
私のところにやって来てもらいます。
記入していただいた書類と、他もろもろの書類のチェックをします。
この担当も、来年からは先生方にやってもらうつもりです。

その次に、スワレ先生のところで、
入園金の領収書、新年度の必要情報(日程・学費振込口座・持ち物)などが手渡され、
整理券の1番から順に家に帰っていくのです。

先生方のチームワークと、
毎年のことゆえの慣れもあり、
52人を受け付けても、
昨年や一昨年よりも早めの14時に全てが終了しました。

来年度は、名簿上は、114人でのスタートです。

これから、この新規入園児たちの情報を、
パソコンに打ち込んだり、
来年度の名簿などを印刷しながら準備したりする作業に入ります。
2年以内にはキラキラのスタッフ用のパソコンを用意し、
こういったIT関連の作業もスタッフにゆだねていくつもりです。

私の役割は、後進の育成、全体の監督とコーディネーション。

ケニアにあってケニアらしさを保ちつつ、
世界的な価値観、それぞれの時代の価値観を取り入れ、
ユニークな園づくりを、
私たちが敷いて来たレールの上を歩むケニアの若者たちの手によって、
これからも長く続けていけたら最高です。

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相原 記


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by kjkirakira | 2016-10-10 23:34 | 現地で 保育園
2016年9月26日(月)、
キラキラ保育園の卒園児たちの保護者に集まってもらい、
進路相談の会合を開きました。

とても重要な会合とあって、
出席率も上々、遅刻者も少なく、
集まった保護者・教員たちも終始真剣な表情。

集まってもらった保護者の子弟たちは、
みなこの年末で満6歳以上となります。
(2012年かそれ以前の生まれ)

まず、保育園を卒園するか留年するか。
原則は満6歳で小学校に進学ですが、
明らかに自主性が乏しかったり学習の習達度の低い子もいるし、
明らかに体が小さく病気や障害を持っている子もいるし、
とくにキラキラ保育園在籍年数が少ないほどそうした遅れが顕著であり、
小学校に入ってから無駄な苦労をさせないためにも、
もう1年保育園に留年して確実に人間の基盤づくりをするという選択肢もありなのです。
しかし、その最終判断は保護者がするものであり、
学校の先生は適切なアドバイスをするに留まるべきなのです。

次いで、小学校に進学するとなった場合、
どこの小学校に進学するのか。
多くの保護者は、
学費の高い普通の私立には行かせられない、
それでいて、たとえ学費が低くても運営がずさんで教育熱心でもない公立にも行かせたくない、
そこで、学費がまあまあ安く、しっかりとした運営・教育が行われているキラキラがちょうど良い、
という判断になるのです。

しかし、国を取り巻く状況は刻一刻と変化しています。

まず、タンザニア側の公立学校の充実化と制度の厳格化があり、
生粋のタンザニア人の子弟はタンザニアの小学校への進学を選択する傾向が増しそうです。
キラキラとしても、
私立とは言えケニアの政府の傘下で学校運営していくうえで、
タンザニア人の存在はあまり益にはならないのです。

それから、ケニア政府は一生懸命税収を増やして、
公立学校の充実化を進めています。
その一環として、公務員である公立学校の教員が増え、
今後は公立学校にかかる学費が激減すると予想されています。
しかも、公務員として採用される教員たちは、
比較的能力や経験値が高い人たちであるために、
教育レベルの向上もある程度期待できます。
(といっても、公務員となったとたんに勤労精神が減退する人がほとんどなのですが)
さらに、現与党が先の選挙戦で公約としていた、
児童生徒一人一人にコンピューター(といってもシンプルなタブレット)という「デジタル教育」が推進され、
公立学校にとっての顧客ゲットにかなりプラスに働くと予想されています。

キラキラは、
かつて公立小学校・公立幼稚園が充実していなかった時代には、
貧しい世帯の拠り所、支援の砦として頑張らざるを得なかったのですが、
最近は、キラキラで救済できなくても公立があるわけで、
そこをあえて少しばかり余計に頑張っても、
公立にないものをいろいろと持っているユニークなキラキラに通わせたい!
と考える世帯の拠り所になってきているのです。
それでも、入園・入学希望者が殺到して、
入園・入学手続き日に落選者を出さなければならないことに心を痛めていた我々にとって、
一部のより多くの卒園児がケニアの公立やタンザニアの学校に巣立っていってくれれば好都合なのです。

それでもぜひぜひキラキラ小学校に進学したい!という親子のために、
来年度のキラキラ小学校の入学受付や学費の話もしました。
今年は1学期(4か月間)2500シリング(3000円)でしたが、
来年は3000シリング(3500円)となるのです。
これを聞いて、ますますキラキラ小学校から離れていく親子が増えそうです。
ま、しかたありません。
ただ同然の学費でスタートしたキラキラでしたが、
ケニアの経済成長に伴うくらいに学費増をしていかないとやり繰りできないわけで、
逆に、ほとんどの世帯の収入もそれに見合って増えているのですから。
3000で高い!と悲鳴を上げる人よりも、
3000はとっても安い!と自分を納得させる保護者の方が多いはずです。
この3000ですら、小学校の運営上はまだ少し赤字で、
この赤字分はあと2年くらいは支援金で賄う予定なのです。

そして、各児の進路は、
口頭で先生に言うのではなく、
必ず所定の用紙に記入して提出するということにしました。
こうしないと、どうしても、
保護者と先生、先生どうしの伝達ミスが絶えなかったり、
理解し合えなかったりして、
他校を巻き込んだレベルで事務上の失態となってしまうからなのです。

最後に、保護者の皆さんに伝えたことは、
お父さんとお母さん、あるいは祖父母までも、
しっかりと合意すること。
お父さんだけが学費の高い私立に入れたがって、
実際に学費を工面するのはお母さんなどというケースもあるからです。

保護者の皆さんからのいろいろな質問や意見も飛び交いました。
こうした会合をする度に思うのですが、
「民主主義」に任せて討論していると、
非現実的で不可能な、とんでもない方に向かって行ってしまいがちになるということ。
事情をよく知り、現場の苦労を知っている私やジャシンタ先生が、
うまく大衆の考え方を操作して行かないといけないのです。

例えば、ある保護者が、
保護者1人当たり200ずつ学費を上乗せして、
スクールバスが各児の自宅の近くまで送迎できるようにしたらどうか、
という意見を出しました。
そういう意見が出たとたん、拍手が巻き起こりました。

しかし、正直、
お客さんに媚びを売りながら高い学費を納めてもらう私立と違って、
キラキラのレベルでバスでの送迎まではできないのです。
まず、200ではとっても足りない!
冷静に紙と鉛筆で計算してみればわかることでもあります。
バスの走行距離増、
バスが走る枝道は未舗装の悪路であり故障の可能性増も考慮しなければならないこと、
複雑なバスの経路や料金設定や会計を管理をするため労働増、
次に、時間も足らない!
ナマンガの市街(アンボセリロード・キャンパス)とビリカ・キャンパスを、
舗装されたきれいな道路だけを通って往復するだけでも30分かかります。
来年はこれを朝に2往復半、夕に2往復半しなければならないのです。
バスが6時45分に始動したとしても、朝の働きを終えるのは8時!
これ以上遅らせることは授業時間の関係上できないのです。

それに、3000の代わりに3200となったとして、
拍手した保護者の中にも、後で不平不満を言う人は少なからず出て来るのが常なのです。
それに、忘れてはいけなせん。
公立学校が充実化してきて、貧しい世帯を救済できるようになったとはいえ、
まだまだキラキラは一部の貧しい世帯の拠り所なのです。
ある意味ぜいたくをする目的での学費増をするかしないかの選択肢が与えられた時は、
学費増をしないという方向に持って行くべきなのです。

民主主義が発達する前提として、
教育・道徳・博愛などが必要です。

とにかく、いろいろなことを考慮したうえで、
皆さんにはお子さんの進路を決定してほしいものです。
今のところ、ほぼ全員が「キラキラ小学校」と言っていますが、
冷静に財布などと相談し、
こどもにとって、世帯にとって、最適な学校に落ち着いて欲しいと願います。


相原 記


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by kjkirakira | 2016-09-26 21:14 | 現地で 保育園
モンスターといっても、
ポケモンのように可愛いものではなく、
モンスター・ペアレント、
すなわち、学校に対してやたらめったらクレームをつけ、
学校の円滑な運営に支障を来しがちな保護者のことです。

7月、まだケニアに帰って来たばかりだった頃、
保育園のVさんのママが、
「コージ先生、話があるんですけど」と、
すごい形相でやって来ました。

Vさんのママは、
かなりの神経質で、
モンスターまがいで知られています。

案の定、
先日Vさんが先生にぶたれて、
Vさんがもう園に行きたくないと言って泣いている、
とのこと。

Vさんのクラスの先生に訊くと、
確かにVさんの手を軽く叩いて叱ったとのこと。
Vさんが、わざとではないけどお友達の顔に手がぶつかってしまったのに、
Vさんが謝らることも、お友達が怪我をしたかを気にする様子もなかったから、とのこと。

さらに、ママが私に訴えた日の前日、
ママは下校時に怒鳴り込んできて、
お迎えの保護者が大勢いるところで、
先生方に対して罵声を浴びせたとか。

その場にいた先生方も保護者たちも、
その悪態に呆れ、怒り、閉口したとのこと。

ここで問題は、
①先生が園児を叩いたこと
②ママが過剰反応を示したこと

①ですが、
先生が園児を指導ししつけをする理由は十分にあります。
ここで先生が黙っていては、園児のためになりません。
手を軽く叩いたことは、先生の報告がその通りであれば、
「叩いた」という体罰のレベルではなく、
「ちょこっとお灸をすえた」程度です。

しかし、園児によっては、
ぶったたいても全く反省しない子もいれば、
ほんのちょっと突いただけでもショックを受ける子もいます。
そういう意味では、先生が園児を指導する際には、
年齢、性別、児の性格、保護者の性格、
指導する理由、叩く体の部位、叩く力の度合い、
指導後のフォロー、説明のタイミング、などなど、
様々な要因を考慮に入れたうえで、
保育のプロとして最高の判断と最高の行動が求められるでしょう。

そうした点で、この先生がVさんを叩いたことは、
さほど問題にすべきことではなかったにしても、
ママによる見境のない罵声という反応が生じてしまったことからも、
先生側にも何らかの反省点があるはずです。

反省点は、
ずばり、信頼関係です!
仮に、私やジャシンタ先生が同様の行為をVさんにしたとしたら、
Vさんも納得できたであろうし、
ママも問題にしなかったでしょう。
それは、私やジャシンタ先生は、
Vさんはじめキラキラのこどもたちを愛しているからこそ
身を粉にしていろいろ動いてくれているという信頼感があるからです。

しかし、クラスの先生の働きぶりに、
愛や情熱やプロ精神を感じられないとしたらどうなるでしょうか?
まず、園児がストレスを感じるはずです。
小さなこどもは大人の心を敏感に察知します。
そうなると、園児は先生に叩かれたわけではないのに、
親に「叩かれた」と報告するようになります。

ここで親の出番です。
しっかりした親であれば、
しっかりと事実関係を確認するために、
先生方に冷静に様子を聞きに来ることでしょう。

しかし、我が子を信用してばかりの親は、
子の説明を丸のみして、
一方的に先生を攻撃してしまいます。
そうなると、
子は落ち度があったとしても反省しないし、
子はますます先生を軽蔑するし、
先生の言うことをますます聞かなくなるので成績も礼儀も欠く子になってしまいます。
そうなると、親はますますモンスター化して、
留まるところをしらないくらいになってしまうのです。

というわけで、
②ママの過剰反応
という結果になったのです。

Vさんは、しばらく園で悲しそうな表情をしていました。

そして、2学期終了前の1週間、
ぱたっと来なくなりました。
終了日のPTA会合にも、
Vさんの保護者は現れず。

Vさんのママは、ついにキラキラを見限って、
Vさんを他所の園に転園させる決断をしたのかもしれません。

しかたありません。
Vさんのママのこの性格は、
既に一部の人たちにはよく知られており、
Vさんの上のお兄ちゃんも、下のお兄ちゃんも、
転園、転校を繰り返していたくらいですから。

しかし、キラキラとしては、
園児との信頼関係を築けない先生の働きぶりに改善の余地があれば、
現状で妥協せずに、
揺るぎない信頼関係の構築を目指していくべきです。

先日のPTA会合で、
まず私がこのポイントを出しました。

保護者がもし先生の働きぶりに対して不平不満があったとしたら、
それを「あの先生はろくでなしだ」などと子供の前で話すことなく、
ストレートに先生に話をしに来て欲しい!
そうしないと、
子供は先生も園も軽蔑するようになり、
子供の発展が妨げられ、
最悪の結果になり、
大人になったらそういう育て方をした保護者のことを軽蔑することになる、と。

保育園代表として話をしたタビタ先生も、
予め用意しておいた発表用のメモをもとに、
全く同じ主張をしてくれました。

そして、PTA役員の、
トライアンフ君のお父さんも、
全く同じことを言い方を変えながらうまく主張してくれました。

何か不平不満があったら、
見境のないクレーマー、モンスターになることなく、
先生と建設的な話をし、
先生側に改善の余地があれば改善に努め、
保護者側に改善の余地があれば改善に努め、
先生と保護者が協力して良い学校を築いていく、
そんなオープンかつポジティブなキラキラを、
これからも求めていきたいと思います。


相原 記


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by kjkirakira | 2016-08-06 23:07 | 現地で 保育園

肥満対策

キラキラ保育園と小学校では、
毎学期の出欠記録はもちろん、
毎学期身長と体重を測り、
通知票に記録して保護者の皆さんにもシェアします。

ケニアの学校でここまでのサービスをするところはほぼありません。
ケニアの学校というと、テストの点数で評価するところ、ですから。(哀)

アフリカは、飢餓、すなわち、
貧困や飢饉のために食べられずにやせ細って健康を害すというのが主流でした。
とくに、貧しい環境にあるこどもたちを支援するキラキラでは、
平均よりも体格が劣っているこどもがほとんどでした。

しかし、アフリカ全体の経済成長の影響が田舎町のナマンガにも押し寄せ、
キラキラのコミュニティーの経済レベルも多少底上げされ、
絶対的・恒久的な飢餓は激減しています。

ここで、一人、肥満児が現れてしまいました。
年中組のレビくんです。
まだ5歳と5か月、うちのヒカリと同年齢。
なのに、身長120センチメートル、体重30キログラム!
(ヒカリは107、16くらい)

乳幼児用の指標であるカウプ指数(体重÷身長の二乗)で見ると20.8、
学童用の指標であるローレル指数(体重÷身長の三乗)で見ると174、
いずれにしても肥満の領域です。

身長も高いので、体質的な肥満でもあるわけですが、
ちょっと目にあまるくらい太ってきてしまい、
私たちも心配しています。

4か月おきの身体測定で、
平均的には4か月で1キロくらいずつ体重が増えていきます。
レビくんも、年少組時代から年中組の最初までは、
この平均的なペースで体重を増やしてきました。

しかし、この3月から7月にかけて、
4.1キロも増やしてしまったのです。
どおりで、久々にケニアに戻って来た私から見ても、
明らかに別人になってしまっているわけです。

ご両親は、貧乏だったのだが、
一生懸命頑張ってハイレベルな生活をしていこうとしている人たち。

ローンで車を買い、
こどもの誕生日には大きなケーキを特注し、
栄養満点の食事を食べさせ、
良い服を着せて、
と言った具合。

ここで、普通なら私がしゃしゃり出て親御さんとお話をするところだったのですが、
既に保育園主任のスワレ先生がママと話をしたとのこと。
(スワレ先生、思いやりにあふれた働きぶり、あっぱれです!)

すると、ママは、
息子の体がどんどん大きくなっていくのはとても誇らしいことだと勘違いしていたようです。

アフリカでは、太った人ほど立派で格好良くて尊敬されるという風習がありました。
日本でも、世界中でも、かつてはそういう傾向があったのではないでしょうか?
近年の、栄養ブームとか、トップモデルの台頭で、
やせた人への憧れが増して来ただけで。

こどもの頃から高血糖や高脂血症に体をさらしてしまうと、
一生涯健康上の苦労を抱えながら生きていくことになってしまいます。

レビくんの問題点は、
パパが運転する車で通園していたこと、
家で脂っこいものや甘いものをたくさん食べていたこと、
身体を動かして遊ぶことよりもお勉強することを重視されていたこと、でした。

既にスワレ先生からの適切なアドバイスを受けたご両親は、
少しずつ改善を始めています。
最近は、車での通園をやめて歩いてやって来ます。

飢餓や貧困から抜け出したアフリカの人たちが、
車を使った歩かない生活、
たらふく脂っこいものや甘いものを食べる生活にあこがれ、
それが実現しつつある昨今、
保健や教育的には生活習慣病対策、
経済的には健康食品、サプリメント、栄養バランス、ダイエット、ジム、といったビジネスが、
今後ますます栄えていくことになりそうです。


相原 記


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by kjkirakira | 2016-08-02 17:17 | 現地で 保育園
ケニアの学校は学期末。
キラキラ保育園の期末試験は既に終了し、
結果も集計しました。
(小学校の試験が進行中です)

その結果をもとに、
4か月おきのクラス再編成をしました。

保育園児100人を、
年長・年中・年少の3クラスに分けています。

しかし、単純に年齢で分けてしまうと、
それぞれ45人、35人、20人といった具合に偏ってしまうのです。
施設的にも3教室だけだし、
雇用的にも各クラス担任1名ずつ+補助教員1名がちょうど良いので、
何とか34人、33人、33人くらいにバランス良く園児を分ける必要があるのです。

まず、年長さんと年中さんのトレードを画策。
来年1月に1年生になる年齢の子たちの中で、
年長さんで能力が低い子、
年中さんで能力が高い子をチェックです。
結果、今回はトレードしないで様子を見ようということに。

しかし、年中組の中にも、
来年1月に1年生になるこどもたちがいるということになります。
彼らを残りの月日でしっかりと導き育て上げなければなりません。

次に、年中さんと年少さんのトレードを画策。
本来年中さんであるべき年齢の子たちの中で、
年中さんで能力が低い子、
年少さんで能力が高い子をチェックです。

能力とは、単に文字を書いたりする能力だけではなく、
受け答えや自己主張や行動が自立しているかどうか、
性格、すなわち、
変化を好むタイプか嫌うタイプか、
優しさで伸びるタイプか競争で伸びるタイプか、
それから、家庭生活の背景、すなわち、
保護者の意向、保護者の協力姿勢、兄弟姉妹や親戚や近所の仲間たちの動向、
または、担任の先生の性格や能力、
などなど、いろいろ考慮して判断材料とします。

普段、保育園全体の補助教員として、
全てのクラスに出入りしながら全体を把握するスワレ先生と一緒に、
該当のこどもたちを事務室に呼んで、
書かせたり、話をさせたりしながら、評価していきました。

結果、年中のグレースさんを年少組に、
年少のデニスくんを年中組に入れるトレードを決定しました。
しかし、グレースさんは本来年中さんであるべき年齢なので、
年少さんに混ざったとはいえ、年中さんとして扱います。

シャイで怖がりでゆっくりなグレースさんには、
優しいタビタ先生と一緒に、優しい環境の中で、
授業内容がよくわかって他の子たちよりも上に立つという優越感の中で、
自信を強め、伸び伸びと成長してもらおうと思います。

マイペースで、一緒に生活している従兄が年中にいるデニスくんには、
ちょっときつめのグレース先生と一緒に、やや厳しい環境の中で、
マイペースを維持しながら伸びていって欲しいと思います。

キラキラが目指す愛情ある保育を、
このような貴重な機会に発揮して、
先生方や園児とその保護者たちに、
それが浸透していくよう、
切に願います。


相原 記


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by kjkirakira | 2016-07-28 17:22 | 現地で 保育園

少年モーセスの苦悩

2015年の1年間、
キラキラ保育園の年長組で過ごした少年モーセス。

遠くの地で生まれ育ち、
ナマンガの親戚夫婦に引き取られた孤児、
と聞いていました。

キラキラに入園してすぐに頭角を現し、
優秀で、人気もあり、
教育関係の公務員が視察に訪れた時にも、
園児を代表して堂々と受け答えてくれました。

お父さんは、
夕方の迎えやPTA会合などに現れて、
熱心に自分の子として育てている様子がうかがえました。

さて、2015年も終わりに近づいた11月、
進路となる小学校を選択する時期に入り、
モーセスのお父さんはキラキラ小学校を第一希望に挙げつつも、
上の子たちが学ぶ公立AIC小学校へ進学させた方が学費など割安になることもあり、
思い悩んでいました。

結局、11月23日、
キラキラ小学校の次年度の入学手続きに、
モーセスもその両親も現れませんでした。

1月、新年度の第一週のある午後、
保育園から小学校までの道のりをてくてく歩いていました。

ふと顔を上げると、
モーセスが一人で歩いているではありませんか。

モーセスの暗く陰鬱だった表情が、
私を見たとたん静かな微笑みに変わりました。

私も嬉しくなって声をかけました。
「どこにいるんだ?」と。
モーセスは「AIC小学校」と答えました。

私としては、
こどもが教育を受ける権利を阻害されずに、
どこかの小学校にしっかりと入学できたというだけで満足です。

そして、前年度末に渡し損ねていた前年度3学期のモーセスの通知票を手渡しました。
モーセスかその両親にはどこで会うかわからなかったので、
念のため常にバッグに入れて携行していたのです。

翌朝、モーセスのお母さんがキラキラ保育園に現れました。
モーセスが昨日の午後以来行方不明だ、と。
え!?昨日の午後と言えば、私、会いましたよ!
お母さんにとっても、私の証言は有力情報でした。

私は、切ない思いにかられながら、
モーセスが無事に戻って来ることを願ってその日を終えました。
あの通知票が疾走の引き金になってしまったのか?
大好きなキラキラ小学校に入れずに、
両親にわがままも言えずに、
ストレスを抱えていたのではないか?

幸い、モーセスは、
一晩をくさっぱらの段ボール箱の中で過ごし、
翌日の日中、
無事にお父さん自身によって発見され、
保護されました。

後日、お父さんいわく、
失踪の原因はキラキラだった、とのこと。
ああ、やっぱりか! 

モーセスをAIC小学校に入学させる選択をした両親は、
モーセスをそこの入学手続きに連れて行ったとのこと。

しかし、いざ新年度が始まると、
不登校気味になり、
喜びも激減していたとか。

お父さんは秘密も語ってくれました。
モーセスは親戚の子ではなく、
このお父さんと愛人との間にできた実子だという。
ははあ、どおりでお父さんはモーセスを熱心に可愛がっていたわけだ。

キラキラのために失踪。
せいぜい7歳の少年の胸のうちに、
強烈で偏屈な愛を宿らせてしまったキラキラは、
間違っていたのか…。

お父さんがモーセスを、
ぜひキラキラ小学校で面倒見てほしいと言って連れて来たら、
規定を破ってでも年度途中の編入を受け入れようという覚悟をしたのですが、
結局お父さんは現れませんでした。

孤児であろうが、愛人の子であろうが、
キラキラは子育てのお手伝いをするだけです。

同じコミュニティーで生活していく以上、
モーセスのことはこれからも見聞きすることになります。
今後も、モーセスが与えられた環境の中で謙虚に生きていけるように、
遠くから見守っていくつもりです。

モーセス(中央)

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相原 記


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by kjkirakira | 2016-03-13 18:34 | 現地で 保育園
2016年2月25日、
キラキラ保育園年少組のサムエルくんの葬儀。

まず、80㎞離れたカジアドにある遺体安置所まで、
大人数が車数台に便乗して、
サムエルくんの遺体を引き取りに行きます。

キラキラのバスには、
大人(キラキラの先生方と保護者)が33人、
キラキラ代表児童3人(いずれも3年生の、エゼキエルくん、ブライアンくん、フェイスさん)と、
保護者に引率されたキラキラの児童たち
(ノゾミ、ヒカリ、ニコデマス、オベディエンス、ヘドリック、オティエノ、アイリーン、他)が乗り込みました。

キラキラのバス以外に、
ニッサン(マタトゥ、つまり、ミニバス)が3台。

7時前から準備して、
8時にナマンガを出発です。

カジアドの公立病院付属の遺体安置所の前で、
大勢の参加者が下車し、
少しの間待ちます。

準備ができると、
みんなでサムエルくんにさよならを言うために、
ぞろぞろと遺体の近くまでいきます。

心臓が強くない人は、
遺体を見ずに外で待機です。

遺体の置かれた部屋に入ると、
ホルマリン臭で一気に気分が滅入ります。

サムエルくんは、
静かに休んでました。
額と鼻に大きな傷跡があり、
私もその痛々しさに胸がつまりました。

うちのノゾミ(6歳、1年生)は、
遺体を見るのは初めてではありませんが、
今回はちょっとショックだったらしく、
深く感じるものがあったようです。

遺体を見て出てきたサムエルくんのお母さんは、
大声で泣き崩れ、
過換気で倒れ、
しばらく芝生の上に寝そべっていました。

サムエルくんのおばさんも大泣きしていました。

2012に日本に行った際、
東日本大震災の被害者のその後を追うテレビ番組を見た幼いノゾミが、
亡くなった幼稚園のリエ先生のことで、
お父さんが泣いているのを見て、
強烈な印象を受けたようです。

世界でいちばんの親不孝は、
親よりも先に逝ってしまうことだと言われています。

リエ先生のお父さんの涙を見て、
今回、サムエルくんのお母さんの号泣を目の当たりにしたノゾミに、
「お前は死ぬなよ」と語りかけました。

帰りのバスの中は、
行きと違って悲しく静かなムード。

12時半、ナマンガに帰りつき、
まずは昼食タイムです。
葬儀に参加する主な人たちに、
ボランティアで調理された昼食が振る舞われます。

サムエルくんの家のそばの空き地で、
葬式が営まれました。

ますます大勢の人が詰めかけ、
しかも、多くがキラキラの先生・保護者・児童・園児たちでした。

まず、各方面の代表者たちのスピーチです。
親族代表のスピーチの後、
学校(キラキラ)代表の番になりました。

ジャシンタが傷心のためにうまくできないと言うので、
私がキラキラを代表してスピーチすることになり、
司会者からマイクを受け取りました。

新約聖書・第一コリント3章6節
「パウロが植え、アポロが水を注いだ。しかし、成長させてくださるのは神」
という言葉を軸に、
ご両親へのねぎらいと、
キラキラで1か月半過ごした意義を語り、
ついに神様の計画で早すぎる卒業になったということを、
手短に語りました。

続いて、
ご近所さん代表のスピーチ、
それから、キリスト教会の主催による礼拝。

普通のお葬式では、
グループごとに集まって記念撮影などをするのですが、
写真は嫌いというご両親の意向に従い、
この過程は完全にキャンセルされ、
カメラや携帯電話でスナップ写真を撮る人も皆無でした。

キラキラ関係者たちを中心に、
幼子のお葬式にしてはきわめて大勢の人が集まったシーンは、
しっかりと脳裏に焼き付けておきました。

続いて、墓地へ移動です。
墓地はナマンガの中心地から6㎞ほど離れたところにあります。
キラキラのスクールバスや、ニッサン、
その他の車やオートバイに便乗し、
きわめて大勢の人が墓地に向かい、
ナマンガが交通渋滞になるほどです。

墓地で、ナマンガではこんな人だかりは見たことがない!というくらい、
大勢の人が山と谷を埋め尽くしました。

予めボランティアの手で掘ってあった穴に、
棺桶がおさめられ、
そこに土がかぶせられていきます。

ここでも、人々の号泣や涙。
私もいっぱいいっぱいでした。

ナマンガの街に戻り、
最後は葬儀準備の委員会の最終会合です。
毎晩夜遅くに開催された会議と違い、
本当に身近な人たちだけが少数集まり、
私もそれに参加しました。

募金の結果が発表され、
残金がご両親に手渡されました。
そして、慣例に従って、
募金の記録を書いた紙は、
しっかりと破られ、燃やされました。

お父さんの仕事仲間(ミニバスの運転手たち)による独自の募金からも、
相当の額がご両親に手渡されました。

私も、キラキラとして独自に行っている募金のこと、
数日後に教職員とPTA役員が集まり、
その後で正式にご両親を訪ねると約束しました。

最後の最後、葬儀準備委員会を解散するために、
みんなで祈るというときになり、
疲れ果てて口数が少なかったお母さんは、
「ゆるします」と一言。
その会議に同席していた、
お父さんの運転手仲間で、
運悪くサムエルくんをひいてしまった男性を、
ゆるし、罪に問わない、ということです。

そして、みんなでお茶を飲み、
それぞれ、自分の日常生活に戻って行きました。


遺体安置所

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スクールバス

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車を降りて、墓地に向かう人々の列

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サムエル・ピーター
コミュニティーまるごと、人生まるごとフォローする、
我がキラキラ・プロジェクトの卒業生第一号!

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相原 記


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by kjkirakira | 2016-02-25 23:22 | 現地で 保育園