アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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カテゴリ:現地で 全般・他( 112 )

去る8月8日に行われたケニアの5年おきの総選挙。
そのうちの大統領選挙の結果を巡って、
次点だった野党代表が選挙の不正の証拠を携えて最高裁判所に訴え出ました。
結局は当初の結果発表通りに現職の与党代表が大統領として2期目に入るだろうとたかをくくっていたところ、
どんでん返しが発生したのです。
最高裁判所の裁定は、大統領選挙をやり直す、ということ。
再選挙の日程は10月17日に決定。
選挙のやり直しは人類史上でも滅多にあることではなく、
世界中がこの裁定に注目しています。

国民の間ではいろいろな意見が飛び交っていますが、
私、および、一部(大部分?)の人たちの意見はだいたい以下の通り。
全ての選挙の過程を完璧に不正なく行うことなど、
発展途上国であるケニアの能力からしてまだまだ不可能である。
そこを、先進国並みの厳しく完璧な基準に照らし合わせて、
これとこれとこれが不正だったから選挙のやり直し!としてしまうと、
再選挙でも少なからず不正は生じてしまうだろうから、
延々とやり直しばかりになってしまう。
さらに、発展途上国の選挙は国を上げての大行事であり、
国民の社会活動、経済活動、教育活動などが長期的にストップしてしまう。
そうなると、10月や11月の予定が全く狂ってしまう。
例えば、人口の半数を占める18歳未満のこどもたちの予定として、
10月末からは小学校卒業試験、11月からは高校卒業試験がある。
これらは国家資格取得のための大きな試験であり、
再選挙による影響は免れえない。
さらに、ただでさえ8月の選挙の前後で、
かなりの経済活動が制限されて、
国民の所得ががくっと落ちているのに、
さらに所得の低下が続けば、
政府の税収にも影響が出るのは必至である。
そして、再選挙の費用の多くは税収に依存していることは明らかである。
こういった現状を考慮して、
完璧な裁定ではなく、現実的な裁定をして欲しかったと、
非常に残念に思っています。

私やキラキラが被る影響の一例として、
大雑把に以下の感じになります。
かねてより購入していたアフリカの民芸品を、
日本に船便で送るために7月に荷造りしたときに、
少し品物を買い足そうということになり、
仕入れをいつもの人に依頼していました。
しかし、8月の総選挙のために仕入れができなくなり、
9月以降に持ち越しに。
9月から、ケニアではビニール袋の使用や所持が禁止になる法令が施行されました。
これまでビニール袋を大切にしながら使いまわして来た私たちにとっては大問題です。
7月にアフリカ民芸品を荷造りした際も、
品物を種類別にビニール袋に分けながら段ボール箱の中に収納し、
しかも、折れやすい木彫りの動物の脚や頭部に幾重にもビニール袋をあてがっていたのです。
この荷造りのまま発送したら、
途中で荷物を開けられて罰金刑に処せられる危険性があるために、
一度梱包したガムテープを全てはがし、
ビニール袋の代わりに新聞紙などで品物をくるみ、
もう一度ガムテープで梱包する、という作業をしなければならないのです。
しかも、梱包用の古新聞紙もガムテープも大量に買わないといけません。
これらはどこにでも売っているわけではなく、
下手をするとナマンガで手に入らないかもしれません。
とくに、選挙の影響で物流が滞っている昨今はなおさらです。
8月の選挙がなければ、
とうの昔にビニール袋の梱包のままで荷物を発送していたであろうに。

もう一つの例として、
キラキラの10月の予定が大きく狂いそうな気配があるのです。
キラキラは、翌年度の予定を全て前年度末に確定させてから年度末休暇(11月12月)に入るのが恒例です。
従って、3つの学期のうちいちばん短い3学期(9月10月)は、
やらなければならないことで盛りだくさんなのです。
とくに、10月は休む間もありません。
保育園の翌年度入園手続き、
保育園の卒園児の進路決定、
小学校の翌年度入学手続き、
在校生の進級(飛び級や留年も含む)の決定、
靴の寄贈、
徹底的なパソコン、紙、糊、はさみ、定規、ペンなどの事務作業。
さらに、毎学期繰り返される期末試験やPTA会合やマサイビーズの購入などもあります。
10月20日が国民の祝日であることすら1日がもったいないと感じる時期なのに、
今年はさらに、10月17日の再選挙のために最低3日は閉校しなければならず、
さらにその前後も大事なことができなくなる可能性が大きく、
もしかしたら今年は全てを予定通りに行うことができなくなるかもしれません。

さらに、電力会社の問題のために、
アンボセリロード・キャンパスには2013年の建設以来いまだに電線がつながっておらず、
電力を動力として井戸の水をくみ上げて貯水槽に貯める必要があるために、
井戸関係の配管工事がいまだ始められずにいるのです。
10月に入ってしまったらもはや工事している暇はなくなり、
11月と12月は既に私の一時帰国の予定を入れているので、
もしかしたらこれも来年以降に持ち越しになるかもしれません。
この電力会社の問題(怠慢)は、
選挙とは直接関係のないことですが、
もしかしたら間接的に関係しているかもしれません。
何せ、選挙のおかげで国中の全てが停滞していますから。

政府が迷走しても、
国民が翻弄されても、
人生は続いていきます。
地球は存続します。

ケニアや日本の安定を、
南スーダンやシリアやイラクの平和を、
北朝鮮の良識を、
世界中の健全なる幸福を、
ただただ祈ってまいりましょう。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-09-08 19:07 | 現地で 全般・他

ビリカを眺望する

先日、ナマンガの街から3kmほど離れた地区に、
屋外トイレを建てに行きました。

ジュリアナ先生と、キラキラ専属建設職人のケンさんが住んでいるところです。
これまでトイレがなかったので、
ご近所さんのトイレを使用していました。

私などの感覚では、家を建てる際には、初めにトイレありき、なのですが、
ケニアの過半数は、初めに家ありき、のようです。
ナマンガはまだ良いのですが、
ナイロビのスラムなどではご近所さんにさえトイレがなく、
排泄物処理が問題になっています。

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さて、その地区からは、
ビリカ・キャンパスが見事に眺望できます。

b0124020_15163340.jpg


















拡大します。
3つの矢印は、左より、
セメントで建てた三教室、トタンで建てた一教室、中国製仮設校舎。

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-09-06 15:40 | 現地で 全般・他

ケニア総選挙の翌朝に

ケニアの5年おきの総選挙、
昨日2017年8月8日に全国一斉に投票が行われました。

ケニアの人口は約4千万人。
うち、選挙人として登録(選挙権のある18歳以上の人口のうち、投票をするために登録を要する)されたのは約半数。
その中で、18歳~35歳が約半数、すなわち人口の約4分の一。
つまり、人口の約半数がこどもと十代の思春期たち!
35歳超の中高老年は人口の4分の一にすぎない、ということ。
ということ。
高齢社会の日本からすると、とっても活気があってうらやましいですよね。

18歳、といっても、18歳になったら自動的に選挙権獲得というわけにはいかず、
まず、18歳になったら身分証明書を申請し、
数か月(数年)かけてそれを取得し、
そのうえで選挙人として登録をしに行く、という手順。
従って、我が親族の21歳と20歳の青年たちは、
残念ながら選挙人登録に間に合わなかったのです。

全国各地に投票所が設けられ、
各投票所の平均の選挙人数は1000人。
しかし、都市部の投票所は多く、過疎地域では少なくなります。

ナマンガには、公立ナマンガ小学校、公立AIC小学校、公立ビリカ小学校の3つの投票所。
我がジャシンタは、朝7時に母校でもある公立ナマンガ小学校に出かけ、ずっと並んで順番を待ち、
朝11時には投票を終えることができた、とのこと。
投票を終えた印として、指の爪が黒いマジックペンで塗られるのです。
つまり、2回投票するという不正を防ぐためです。

全国各地の投票所での長い長い行列の様子がテレビで伝えられ、
中には6時間もずっと行列の中に立ち尽くしている人もおり、
また、朝6時に始まるはずが、不手際により午後1時にようやく開所した投票所もあり、
ケニア人の忍耐強さを垣間見ることにもなりました。

投票は6回、すなわち、6枚の用紙で投票します。
①大統領
②上院議員
③下院議員
④県知事
⑤県の女性代表
⑥県会議員

うち、県関係のポストは、前回2013年の総選挙時から新設され、
先の5年間は地方分権の最初の機関となり、
各地で悲喜こもごも、地方政治の恩恵と悲哀が現れていました。

私たちキラキラとしては、
プロジェクトが小さかった時代は、
政治の影響をあまり受けなかったのですが、
2014年に小学校部門を開設し、
徐々に徐々に大きくなるにつれて、
その影響をまともに受けるようになり、
今回の総選挙はこれまでになく大きな関心を払っていました。

6つの全てのポストが重要なのですが、
とくにいちばん身近な⑥の県会議員が重要です。

前々期の県会議員(当時は市長)は、
キラキラが公立小学校建設を目指して政府からの土地供与を申請していた頃に、
キラキラのことを理解し、奔走してくれました。

前期の県会議員は、
私たちの近所に住むごく普通の男性で、
私と同じキリスト教会に通い、
娘と息子をキラキラに通わせています。

彼は、政治家としては珍しく、金持ちではなく、むしろ貧乏な部類に属します。
というのは、
キリストと神を畏敬し、
汚職や贈収賄とは無縁で、
事を成すことよりも事を和らげることに力を注ぎ、
地域のいびつな発展よりも、地域の平和と安定を第一優先する、
そんな謙虚な人だからです。

一部の人たちは、そんな彼をばかにします。
しかし、教育の成果か、頭の良くなった多くの人は、そんな彼を支持します。

彼の最大のライバルは、
逆に、金持ちで、選挙戦ではお金をばらまき、
ライバルである「彼」に暴言を浴びせ、
女遊び、土地売買のゲームが大好きで、
多くのビジネスの発展に関する大きな公約をして、
支持者を優遇するぞという力と姿勢を露骨に現わす人物なのです。

一部の人たちは、そんな奴を支持しますが、
最近頭の良くなって来た多くの人は、そんな奴を絶対に支持しません。

幸い、投票日の翌朝未明、
神とキリストを崇拝する彼の勝利が決まり、
お金を崇拝する奴の敗北が決まりました。
早朝5時、彼の支持者たちが路上で歓喜の叫び声を上げるのが聞こえて来ました。

もし、お金を崇拝する奴が勝利していたら、と思うとぞっとします。
今後5年間、汚職や贈収賄が隆盛し、
お金がなくては何の行政サービスも受けられなくなり、
土地の略奪の脅威に常に怯え、
人々の間に憎悪やヘイトスピーチが蔓延し、
一部の人(支持者)が経済的に繁栄する一方で、繁栄をむしり取られる人が多発し、
キラキラにとっても厳しい状況に陥って行くことは必至でした。

ケニアで資本主義がある程度発展して物質的な豊かさが何たるかを知った今、
多くの人は競争や発展よりも平和と安定を願い求めているのです。
普通に起きて、普通に仕事をして、普通に食べて、普通に寝る、
そんな暮らしを待望している人たちが大半なのです。

この8月、このまま暴動などが起こらずに平和な日常が保たれ、
今後5年間、大きな負の変化や脅威にさらされることなく平和な日常が保たれる、
そんな幸先の良い第一歩が、ナマンガにて踏み出されました。

県会議員の彼の2人の子はキラキラで学んでいます。
長女ミッシェル(2年生)と長男エイドリアン(年少)、5年後の総選挙の時には7年生と3年生。
この5年のうちに、キラキラも発展期を乗り越えて徐々に安定期に入っていくことでしょう。
(7月7日のキラキラ運動会+音楽祭にて、前・現県会議員とミッシェルとエイドリアン)

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-08-09 07:12 | 現地で 全般・他

建設現場の巡回者たち

ケニアでは、
県の職員(地方公務員)が、
建設現場を巡回します。

ずさんな建設による建物の倒壊が相次ぎ、
建設のずさんな現場を取り締まるのが目的です。

しかし、ここが汚職・贈収賄の温床となっているのです。

建設現場で、県の職員が粗探しをしようと思えばいくらでも見つかるものです。
この世に完璧な人間など一人もいないように、
完璧に合法的に建設を進めている現場など皆無と言って良いでしょう。

県の職員は、
その強権を働かせ、
私たちの粗探しをして、
公式な罰金は10万円だが、俺に1万円をくれれば見逃してやるぞ、
という手口で、
一般市民からむさぼり取り、
懐をどんどん肥やしているのです。

私たちが井戸近くの建設をしている間は、
巡回者は来ませんでした。

それが一段落し、
現場を我が家に移動させ、
建設を続けています。

電気でくみ上げた水を、
井戸から100メートル離れた我が家の給水塔まで持って来て、
そこから我が家、キラキラ小学校アンボセリロード・キャンパス(1・2年生部門)に給水するのですが、
我が家の給水塔の貯水量が少ないために、
その隣に、今度は大きな大きな10000リットルのタンクが載るような台を建て、
台だけではもったいないので、下に2部屋つくり、
1つを教職員のパソコン事務専用の部屋とし、
もう1つを調理人の食糧倉庫にしようとしているのです。

ある日、突然、県の職員による巡回がやって来ました。
ジャシンタ先生が応対したのですが、
結局仕方なく賄賂を払うことになってしまいました。
1万円を要求されたのですが、
4千円で帰ってもらいました。

またある日、また別の、今度は中年女の職員がやって来ました。
今度はジャシンタ先生が不在で、
まさに私が職人たちと一緒にいた時間帯だったのですが、
その横柄な態度に一同気分が悪くなったほどでした。

つかつかとアンボセリロード・キャンパスの敷地内に入って来て、
いちおう私たち職人一同に対して一言だけあいさつしたものの、
そのまま何の質問もないままに我が家の敷地内に入ろうとしたので、
「ハロー!何の用ですか?」
と大声で尋ねたところ、
「ここに用事がある」
と言うので、
用事ならまず私に尋ねればいいのに、と内心思いつつ、
「家主はいないよ」
と告げました。
「この建設はジャシンタのものなの?」
と訊いて来たので、
ははぁ、ジャシンタを知っている人か、と思いつつ、
「そうだ」と答えると、
まだ我が家の敷地に入ろうとするので、
「ハロー、あんた誰?」
と尋ねると、
「エバリン」
とだけ答えてきたので、
「どのエバリン?」
と訊いたのです。
ジャシンタの単なる個人的な友人なのか、
ジャシンタの敵(何かの訴えがある)なのか、
学校関係者なのか、
知らないことには話が進まないと思ったので。
しかし、その質問には全く答えてもらえず。
全く、無礼です。
他人の家に、何のあいさつも事情説明もなしに入ろうとするなんて。
そうしたら、ジャシンタの電話番号を知っているらしく、
私たちがいるそばで、直接ジャシンタに電話し、話を始めました。
どうやら、建設の粗探しをしたかったようで、
ジャシンタが
「先日そちらのお偉いさんが来て、その話なら解決済みだ」
と一言述べると、
そのエバリンとやらは大人しく引き下がり、
その場を離れていきました。

職人のみんなも、
「無礼だ」
「人を人と思わない態度だ」
「模範になるべき公務員なのに、人間の屑のようだ」
「勝手に人の家に入ろうとするなんて、泥棒と同じだ」
などと、口々に好意的でないコメント。

ジャシンタではなく、私だったら、
絶対にこういうタイプの人間とは理解し合うことができないでしょう。
私だったら、
相手の職業の身分証明書を確認しなければ話に応じないでしょうし、
国の法律を書いた文章を見ないことには粗探しにも応じないでしょうし、
そうこうしているうちに公務員たちの憎しみの対象になったり、
下手をすると逮捕されたりしてしまうかもしれません。
汚職や贈収賄はケニア的とはいえ、
これだけはケニアに染まりたくないし、
染まる必要もないと思っています。

例の、道路上に建設を進めている悪い近所の男性は、
至るところで多額の賄賂をばらまき、
事なきを得ているのでしょう。
本来なら、公務員は、
善良な市民の粗探しをするのではなく、
本当に違法なこういうタイプを、
単なる賄賂で見逃さずに、
法律と、実際にご近所さんたちに迷惑をかけているという状況考慮し、
とことん問い詰め、
建物の建設中止や取り壊しを勧告するべきでしょう。

正義が、賄賂で、歪んでしまうケニア。
悲しいですが、まだまだこれがケニアなのです。

少しくらいケニアで悪いことがあっても、
もしかしたら悪いのは私の方かもしれない、
もしかしたらこれがケニア社会の潤滑剤なのかもしれない、などと、
自分を納得させようとします。

しかし、賄賂や贈収賄だけは、
(多分)絶対に!悪です。

逆に、こうした公務員たちが可哀想です。
お金に目がくらんで、
人の道、神の道から大きくそれて、
この世で一時的に裕福になったとしても、
絶対に神による永遠の刑罰を受けることになるのですから。

こういったこともあり、
ケニアで何か(建設など)をやって行くのは非常に困難であるということ、
ご理解いただけると感謝です。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-06-29 01:11 | 現地で 全般・他
ケニアでは、
8月の総選挙に出馬する各党の候補者を決めるために、
予備選挙(国民投票)が連日のように各地で行われています。

ナマンガを含むカジアド県で、
与党の候補者を決める予備選挙が不祥事により延期され、
その延期された日がやって来ました。

結果、またしても不祥事!!!

上院議員、下院議員、県知事、女性代表を選ぶ投票用紙は届いたのですが、
県会議員を選ぶ用紙が、
何故か投票会場の一つである公立ナマンガ小学校だけ届かず。
同会場に登録されていた2000人くらいの選挙権保持者が、
県会議員のみ投票できないという事態に陥りました。

県会議員といったら、
いちばん地元に密着した大事なポストです。
地元の平和は、県会議員の気質に頼むところが大きいのです。

ナマンガ小学校以外の投票所での集計では、
現職のH氏が、2位のP氏を2000票くらい突き放して1位だったようで、
仮にこのナマンガ小学校での投票があったとしても、
その順位が覆ることがなかったと言えます。

しかし、2位のP氏の票田が、
ナマンガ市街、すなわちナマンガ小学校での投票者たちに集中していることから、
H氏側の何らかの工作(投票用紙を盗んだり隠したり)があったのではないかと疑われています。

H氏自身はとてもクリーンで、
地域の急速な発展はほとんど望めないものの、
地域の安定と平和はしっかりと望めるような人物です。

今回、H氏の再選は難しいだろうと考えられていたのですが、
蓋を開けるとまだまだ断トツの1位。

しかし、今回の不祥事で、
H氏の株が暴落してしまったことでしょう。
8月の選挙本戦では、
2位だったP氏が政党を変えて出馬し、
打倒H氏に名乗りを上げて来ることでしょう。

予備選挙で3位以下の候補者たちを応援していた人たちの中にもアンチH氏が多く、
本選挙でのH氏の苦戦は必至となりそうです。

とにかく、私たちは、
政策がころころ変わらず、
政策が保守派にも改革派にも公平に利益を与えるくらいのところで安定し、
平和や秩序を乱す輩に対して厳罰が下り、
健気な一般市民が安心して生活や商売や事業を続けられる、
そんな地域の安定を願うばかりです。

今後5年間の安定が、
8月の総選挙にかかっています。
人間は投票できますが、
人間の力だけではどうしようもできないような、
見えない力が働くのが選挙戦です。
とにかく、平和と安定を祈ります。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-26 15:49 | 現地で 全般・他

政権与党の失態

ケニアでは、8月に控えた総選挙に向けて、
熱い選挙戦が繰り広げられています。

総選挙で国民が投票するのは6票。
1.大統領
2.県出身の上院議員
3.県出身の下院議員
4.県知事
5.県の女性代表
6.地域出身の県議会議員

与党連合と野党連合の二大政党に大きく分かれます。
まず、各党代表の候補者を選出しなければなりません。
日本的には、党代表は党内の選挙か何かで決めるのですが、
ケニアでは、国民による投票で党代表が決まります。

この、党内の代表を決める予備選挙が、
この4月、繰り広げられるため、
選挙戦は最初のクライマックスを呈していました。

例えば、ナマンガ地域の「6.地域出身の県議会議員」の場合、
与党連合で出馬したい人が6人くらいいるのにたいし、
野党連合は1人だけ。
すなわち、野党の方はそのままで良いのですが、
与党の方を国民が選ぶ必要があるのです。

地域のリーダーはとても重要です。
先の5年間は、
ナマンガを含むカジアド県知事の政策のおかげで、
土地の略奪などの紛争が各地で続き、
不当に?利益を被った人、
不当に!苦しめられた人が続出しました。

あの人が選ばれたらこうなるだろう、という、
いろいろな思惑を抱えながら、
多くの人が投票に向かいました。

しかし!!!

投票所に投票用紙が届かないという失態!
不正などを避けるために、
当日の朝に各地に届けられるはずだった投票用紙が、
何と、焼かれたり紛失したりして、
全国各地の投票所に届かなかったのです。

日本での投票と違い、
町の中に数少なくもうけられた投票所に、
長蛇の列をなし、
何時間もかけて投票し、
いつ何時でも勃発し得る暴動に備えなければならず、
投票日は多くの人の日常業務がストップします。

つまり、今回は、
多くの人の1日が無駄になってしまったのです。

当然、
ケニアの大部分の地域で、
投票は行われず、
与党代表は選出されず、
当面延期になってしまったのです。

この一件で、
与党の株は大暴落です。

だからといって、野党に票が流れるというわけでもないのです。
野党は野党でいろいろな問題を抱え、失態を繰り返していますから。

上がこんなですから、
下はやり放題になってしまいます。

2013より始まった地方分権も、
2003頃より本格的に始まった民主主義も、
無秩序と、自分勝手が渦巻き混とんとしています。

とにかく、平和を願い謙虚に行動し続けるのみです。

ちなみに、永住権を得た私でも、
ケニアの選挙権はありません。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-22 15:38 | 現地で 全般・他

喧騒のナイロビ

カマウさんの葬儀が終わり、
喪の一連の忙しさが一段落したものの、
妻ジュリアナ先生の家にはジャシンタ先生やジョイス先生や身内の女性たちがまだ毎日通い、
みんなで集まって話したり食べたり飲んだりくつろいだりして、
心の傷を徐々に癒しています。
旦那たちには癒せない感傷は、
女性同士で癒すわけです。

カマウさんの一人息子マーティンくんは、
しばらく我が家に泊まりこんでいたのですが、
そろそろママのためにも自分の家に戻らせようとしました。
しかし、普段泣かないマーティンくんは、
ママと一緒に家に残って私たちが出ていこうとしたとたんに泣きだしました。
そこで、まあ無理はさせない方が良い、
我が家で同い年くらいのノゾミやヒカリと一緒にわいわいしていることが慰めであるならそれも良し、
ということで、
まだしばらく我が家に泊まることを許可しました。

ママのジュリアナ先生の方は、
身内の女性が一人寝泊まりしており、
寂しくはありません。
ケニアでは、とくに女性は、
こういう悲しいときは一人よりも誰かと過ごした方が良いという考え方で、
みんなで寄り添い合います。
(私など、そういうときこそ一人で休みたいと思いそうです)

さて、前置きはこれくらいで。

カマウさんのことがあり、
1週間以上ナイロビに行けずにいましたが、
ようやく葬儀の翌々日の今日、
行ってきました。

明日金曜から月曜にかけて、
イースター(復活祭=イエス・キリストの死からの復活を記念して祝う祭り)を控え、
多くの人が仕事に一段落つけて田舎に帰省したりしようとしていたせいか、
ナイロビの交通渋滞はいつもよりも激しく、
ナマンガからナイロビまでたいてい3時間のところ、4時間近くかかりました。

ナイロビの街も、
祝祭前の喧騒で、ごったがえしていました。

ナイロビでの用事は2つ。
一つは、ケニアの永住権を得たことで、ケニアの永住権保持者用の身分証を申請すること。
もう一つは、パソコンとプリンターなどを購入すること。

まずは移民局へ。
身分証の申請はオンラインで行い、
支払いもオンラインでクレジットカードなどで行うのですが、
申請を完了させるためには、
オンライン手続きの紙を印刷したうえで、
それらを持ってナイロビの移民局まで出頭しなければなりません。

番号札を取って待ちます。
一人5分くらいかけていろいろチェックするので、
なかなか番が回って来ません。
何だか、オンラインになってから、
いろいろ複雑でわかりにくくなり、
サービスする側も受ける側も手数が増している感じです。
良いところは、
紙ではなくデータとして記録を残しやすいこと、
それから、
出来上がった時に連絡が来るので、
わざわざナイロビまで出来上がったかどうか訊きに来る必要がないこと。

幸い私は間違いなく前部の書類を持って来たので、
チェックもスムーズで、
間もなく指紋採取の部屋に呼ばれ、
自分の番になってからはあっという間でした。

約1か月後、
身分証ができあがり、
それを取得して、
ようやくケニア永住権が一段落します。

移民局を出て、
すぐにIT機器を売るお店へ。

日本の電化製品店に慣れているせいで、
どんなに大規模なお店でも小さく見えます。

キラキラでは、
ナマンガに電気が来る前は、
全ての書類を手書きで作成し、
手書きでコピーしながら、
事務作業などを行っていました。

2007に電気が来て、
2008にパソコン業務、インターネット業務ができるようになり、
パソコンで作成した書類を、
地元のネットカフェでプリントしたりコピーしたりできるようになりました。

その後、プリンターも購入し、
2013年には我が家も建設し、
全ての事務作業を一か所で行うことができるようになりました。

しかし、肝心のIT事務員は私のみ。
だんだん学校が大きくなるにつれて、
事務作業も多くなってきており、
近い将来事務作業を教職員たちに委ねていかねばと考えていたのです。

まずはラップトップ(ノートパソコン)。
見慣れた東芝やNECや富士通などはなく、
HPを購入しました。

次にプリンター。
今あるキャノンではインクカートリッジが高くつくことと、
インクカートリッジがナイロビでしか購入できず、
しかも、ナイロビでお店を回っても入手できないことも多く、
インクを最優先に選びました。
その結果、エプソンの、液体インクを交換する方式のものを購入しました。

あとは、マイクロソフト・オフィスのソフト、
マウス、ケーブル、用紙、他細かい品を購入。

終始、サービス業として十分訓練された、
フレンドリーな青年店員が一緒にいてくれて、
スムーズに買い物を終えることができました。

この日の買い物は計十二万シリング(十四万円)。

ナイロビ発ナマンガ行きのバス(マタトゥ)は、
交通渋滞でバスがみんな道中にいたせいか、
イースター前で乗客が多いせいか、
なかなか到着せず、
乗りたい人たちが待ちぼうけを食らいました。

「15時くらいになったら運賃が跳ね上がるだろう」
と言っていた人もいました。
市場原理ですから、
需要と供給のバランスによって、
公共交通機関の運賃もころころ変わるのです。

中国製組立式住宅の件、および、井戸の件が、
諸事情で滞ってはいますが、
この4月の休暇中には、
パソコンをまずジャシンタ先生や共同生活している青少年たちに指導したり、
カマウさんが乗っていたオートバイを我が家の青少年たちに練習させたり、
ノゾミとヒカリに日本語を教えたり日本の教科書を読ませたり、
それなりにやることが満載で忙しく過ごすことになりそうです。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-13 23:24 | 現地で 全般・他

葬儀

カマウさん、享年37歳。

私の大親友かつビジネスパートナー、
ジャシンタ先生のいちばん身近な弟、
ジュリアナ先生(1・2年生部門の調理担当)の夫、
マーティンくん(3年生男子)の父、
その真っ正直な性格から、多くの人に好かれ、
その反面、内に葛藤を抱えて苦しんできた男。

その葬儀が4月11日(火)。

早朝から段取りが悪く、
遺族の張本人であるジャシンタ自らいろいろ仕切らなければならないほど。
普段キラキラなどで、計画的にスピーディーに場を仕切ることに慣れている私とジャシンタは、
完全にコミュニティーの人たち任せでは何も進まないことを改めて思い知らされました。

遅れに遅れてバスが出発。
90㎞離れたところにあるカジアド県立病院の遺体安置所まで、
遺体を引き取りに行くのです。

単に遺体を引き取るだけなのですが、
大名行列のように大人数で行くことになるのです。

キラキラのスクールバスを先頭に、
ワゴン車、乗用車などが列をなして行きます。

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遺体安置所で、
故人の遺体の顔を見た途端、
大泣きして、泣き崩れて、過換気で倒れる女性が続出です。
故人の妻、姉、従姉妹、姪っ子など。
たいがい男性は泣かないし倒れません。

大名行列が戻って来て、
遅れに遅れて葬儀が始まりました。

まずは記念写真。
グループごとに故人ゆかりの人たちが呼ばれ、
棺桶と額に入った故人の写真と一緒に集合写真を撮ります。
カメラマンは私のみ。

残念ながら、
太陽が高い位置、しかも位置的に横からの陽ざし、
かつ、真っ白な棺桶と、微妙に日陰に隠れた黒い顔の人たちとのコントラストがきつく、
最悪の撮影条件でした。
撮影が始まってすぐに、
今日は良い写真が撮れないことがわかり、
あきらめモードに入ってしまいました。

記念写真は、
故人の妻と息子、
故人の兄弟姉妹とその家族、
故人の親族、
故人の妻の親族、
故人の友人、
故人の妻の教会の人たち、
列席していた教会の牧師たち、
葬儀委員会の面々、
といった順で行われました。

続いて、
私が作成した葬儀の小冊子に記載した、
故人の略歴が読まれました。

続いてスピーチです。
親族代表、
友人代表、
葬儀委員会代表、
地域の代議士。

急きょ、私が親族を代表してスピーチすることに。
遠くからやって来た故人の妻の親族は疲れており、
身近な兄弟姉妹たちは感傷的になっているし、
他に人がいないということもあり、
身近だった私に白羽の矢が立ったのです。

1年前、年少組サムエルくんの葬儀では、
サムエルくんが通っていたキラキラ保育園の代表としてスピーチしました。
21年前、大学の友人の葬儀では、
友人代表として弔辞を読みました。
しかし、何度やっても慣れないものです。

短時間で思考を整理して準備し、
家族・親族としての見解、
故人の生きざま、
残された私たちが向かう方向性など、
聖書に基づきながら語ることができ、
多くの人に理解していただけたようです。

葬儀の全景です。
テントの下に、身近な人たちが優先的に陣取り、
周りの木陰などにも大勢の人が立ったり座ったりしながら参列しています。

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一連のスピーチの後は故人の妻の教会が仕切り、
ちょっとした礼拝となります。

讃美歌を歌い、
祈り、
牧師が説教し、
男たちが棺桶を運び、
みんなぞろぞろと穴の方に移動し、
棺桶を穴の底に安置し、
ここでまた身近な女性たちが大泣きし、過換気で倒れ、
男たちが土をかぶせ、
少し土が盛り上がった墓ができあがり、
身体に力がはいらなくなった故人の妻に代わって一人息子マーティンくんが花輪を墓に置き、
親族代表として弟の一人が花輪を置き、
教会代表として牧師が花輪を置き、
あとはそこに残っていた人たちが花を一輪一輪墓にさし、
墓の前で故人を愛した人たちが一組一組記念撮影し、
最後に野生動物たちが墓を荒らさないようにと茨を墓の上にかぶせ、
一連の葬儀のセレモニーが終了しました。

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故人の身近で働いていた、
キラキラのビリカキャンパス勤務の男性教職員たち。
左から、ジョージ先生、ネルソン先生(守衛・調理)、ジョン先生、アレックス先生。

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喪の期間からずっと、
故人の妻の家の庭では通夜が営まれ、
大人たちはみな忙しくしていたために、
故人の息子マーティンくん、故人の弟夫婦の娘シャロンさんが、
うちのノゾミ、ヒカリと一緒に、
我が家で合宿していました。

葬儀の日の晩も、
4人のこどもたちはみんなで、
くたくたに疲れて折り重なるように眠りにつきました。

故人の一人息子マーティンくん、
少しだけ涙を見せていたけど、
最後の花輪を飾るまで、
実にしっかりと堂々としていて、
素晴らしかった!
神の祝福がありますように。

これからは、故人の妻ジュリアナ先生と協力しながら、
このマーティンくんの養育、教育の責任の一端を担っていくことになります。

故人の妻の遠くから来た親族の何人かは、
前の晩に引き続き我が家のお客さん用の部屋に泊まり、
翌朝旅立っていきました。

キラキラ的に、
オートバイを運転していたカマウさんの死によって受ける影響は、
・調理の燃料となる薪の供給をどうするか
・お店からの食材の調達をどうするか
・6㎞離れたビリカに用事がある際の移動はどうするか
・そのビリカでの建設の際、人や物や建材の運搬をどうするか
これから、落ち着くまでは、
費用も時間も手数もかさんでいきそうです。

統計上は、日本は死亡率の高い国になります。
しかし、それは高齢者が多く、大往生する人が多いからであり、
葬儀もしめやかに営まれているのでしょう。

しかし、ケニアなどのアフリカ諸国では、
家族、親族、コミュニティーの中で人と人との距離が近い生活をしていることや、
こどもや若者や働き盛りの大人や一家の大黒柱などの死が多いことからも、
葬儀の度にみなが感傷的になり、号泣がこだまし、人が倒れ、
後々も思い出すたびに涙する人が多く、
生活や仕事に何らかの影響が出て、
一つ一つの死が重く、大きな意味をもつのです。

ジャシンタの兄弟姉妹は生まれたときは全部で10人でした。
これまで既に4人の葬儀を経て来たわけです。
両親の葬儀も既に経て来ました。
おじさんたち、おばさんたちの葬儀も時々あります。
従兄弟姉妹たちの葬儀も時々あります。
仕事や教会や近所や友達関係の葬儀もしょっちゅうあります。
これからも、何回も、
涙と号泣の葬儀を経験していくことになるのです。

旧約聖書・ヨブ記1章21節
「主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-12 16:22 | 現地で 全般・他

愛する弟、愛する友、カマウさん、
享年37歳。

ジャシンタ先生(ダイレクター)の弟、
ジュリアナ先生(1・2年生部門の調理担当者)の夫、
マーティンくん(3年生男子)の父、
私たち個人そしてキラキラの専属オートバイ運転手。

カマウさんの死から数日、
喪が続いています。

ジュリアナ先生の家の前に、
大きなテントが張られ、
プラスチックの椅子が100台置かれ、
親戚、友人、知人が絶えず訪れ、
お茶(ケニア式ミルクティー)を飲みながら故人を偲びます。

毎晩7時には親戚の会合、
8時には葬儀準備委員会の会合、
といっても、絶対に時刻通りには始まらず、
私のように時間に正確な人間ばかりが損をするのですが。

そんなわけで、帰りはいつも夜の10時過ぎ。
カマウさんとジュリアナ先生の一人息子マーティンくんと、
もう一人の弟夫婦の娘シャロンさん(年中組)は、
親たち、大人たちの忙しさから逃れるべく、
我が家でノゾミさん(2年生)とヒカリさん(年長組)とともに、
我が家で寝泊まりし、
従兄弟姉妹合同のさながら合宿を行っています。
こどもたちの世話は私を中心に行い、
みんな食べて入浴して服を着替えて寝て起きて歯を磨いています。

マーティンくんは、
涙することも感情不安定になることもなく、
むしろ不意の出来事に心が麻痺しているかのよう。
今はできるだけ普通に接しています。

ジュリアナ先生のように、最愛の夫を失う妻、
マーティンくんのように、最愛の父親を失う子、
シャドラックくんのご両親のように、最愛の息子を失う親…。

カマウさんの大きな写真は私が提供し、
それを額縁に入れて、
葬儀のための小冊子も私が英語およびスワヒリ語で作り、
それを印刷しました。

埋葬が行われるのはナマンガの街から12㎞離れたところ。
そこに、カマウさんたち兄弟姉妹がシェアする土地があるのです。
ある日、若い男たちを中心にそこに出かけ、
埋葬される場所を正確に決定し、
葬儀がスムーズに行われるように草刈り枝切りをしてきました。

私も、永住権取得後の身分証申請のためにナイロビに行く用事があったのですが、
そんなわけでしばらく遠出ができずに、
喪の諸々の段取りと夜の会合とこどもたちの世話に専心しています。

ところで、
ケニアではまだまだ親戚づきあいが盛んです。
毎日顔を合わせる仕事仲間よりも、
時々しか顔を合わせない親戚の方が重要で最優先なのです。

従って、故カマウさんの祖父の兄弟の家系の人たちまでが
親戚(こちらでは「家族」と呼ぶ)として数えられ、
親戚の会合にやって来たり、親戚としての募金に協力します。

しかし、今回の中心は、
やはりジャシンタ先生を含めた故人の兄弟姉妹たち。
兄弟姉妹たちの父も母も既に他界しています。
兄弟姉妹たちは全部で10人。
うち、生存しているのは6人。
うち、使い物になるのはジャシンタ先生とシャロンさんのお父さんの2人だけ。
表面上はコミュニティーのみんな、親戚のみんなで助け合って葬儀を行うわけですが、
現実は、ずばり、この2人に全責任がのしかかってくるのです。

ちなみに、この10人兄弟姉妹それぞれのこどもたち(ノゾミやヒカリの従兄弟姉妹たち)のうち、
ナマンガで身近に暮らしているのは、それぞれ、
7人、2人、0人、2人、0人、2人、0人、0人、1人、2人で、
身近にいずに存在がよく知られていない従兄弟姉妹たちは4人くらいでしょうか。
つまり、計20人。
こどもなしで若いうちに死ぬ人も依然多いのと同時に、
だんだん少子化、晩婚化、未婚化が進んでいるために、
10人(配偶者も併せて20人)の親から20人の子という程度の人口増(?)にとどまるわけです。

つまり、世代ごとに、直接の兄弟姉妹が減るために、
喪や葬儀の度に集まる親戚(大家族)の人数は確実に減っていくことでしょう。

そして、近い将来、
葬儀は専門業者が商売として行う方向に変わっていくことでしょう。

故人の妻ジュリアナ先生の家族・親戚は遠くにいるので、
葬式の前日に泊りがけでやって来ることになっています。
ジュリアナ先生自身はまだ若く経験がなく、
今回の中心の中心人物ゆえに、
ただただ弔問者たちのあいさつを受けることだけが仕事になります。

そんなこんなで、喪の期間が過ぎていきます。
愛する者がもう地上にいないという静かな悲しみと、
愛する者が地上の苦しみから解放されたというささやかな安堵感を抱えながら。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-10 18:19 | 現地で 全般・他

あのシャドラックくんの死から1か月余り、
また、死がやって来ました。

死が訪れた男性は、
デニス・カマウ(以下、カマウさん)

ジャシンタの弟(私の義理の弟)、
キラキラ1・2年生部門の調理担当者ジュリアナ先生の旦那さん、
キラキラ3年生マーティンくんのお父さん、
かつてはキラキラや私たち個人の専属土木建築作業人でしたが、
ここ数年はオートバイを運転し、
普段は普通にオートバイタクシーや物の運搬で稼ぎ、
キラキラや私たち個人の移動、食材供給、建材供給、薪供給、その他もつかさどり、
金銭面でも完全に忠実で、嘘や盗みなども皆無で、
私とジャシンタにとっての公私にわたる活動に欠かせない役割を果たしてくれていました。

奥さんのジュリアナ先生も同様に実直な人で、
キラキラの金銭管理を一手に引き受けてくれています。

一人息子マーティンくんは、
従妹ノゾミより半年だけ年上の幼馴染。
お父さんが大好きで大好きで、
オートバイに乗ってお父さんの仕事についていくこともありました。

故カマウさんは、
精神的・人格的に常軌を逸していました。
ときどきおかしくなり、
市街地に繰り出してはいろいろ人目を引くことを繰り返していたのです。

公衆の面前での自傷行為もありました。
「俺は神様が守ってくれるから大丈夫」と言いながら、
脚を焼き、見事に火傷したり。

本人はとても頑なな性格で、
人のアドバイスに耳を傾けることもなく、
自分が病気であることを否定し続けていたのですが、
何度か入院したり、向精神薬を服用したりもしていました。

しかし、自傷行為や、
自分をスーパーパワーと信じて疑わない態度から、
いつか自殺してしまうかもしれないという懸念は常にありました。

今回も、数週間前から、
カマウさんがまたおかしくなったという気配はあったのです。
やたらと市街地の人ごみに出ていきたいくなり、
繰り返し繰り返し、
「自分は毒を飲んでも死なない」
と語っていたほどでした。

私たちを含めた身近な人たちも、
何度も何度も説得を試みたり、
心を落ち着かせる薬の服用を強制したりしていたのですが、
頑なな性格ゆえに効き目はありませんでした。

ある日、ネズミを殺す薬を大量に服薬しました。
幸い、そのための薬も飲んでくれて、
ひたすら吐き、吐き、
翌朝には普通に元気にしていたのです。

しかし、その日、
また人ごみの中に出かけ、
「俺はこれを飲んでも死なない!」と大声で宣言しながら、
農薬を大量に飲んでしまったのです。

そのままオートバイに乗って帰宅。

噂を聞きつけた身内の者たちが、
ひたすら病院に連れて行こうとしたのですが、
頑なな彼はとことん拒否。

徐々に徐々に意識は遠のいていき、
夕方、酩酊状態で300m離れたおばさんの家まで歩き、
そこで力尽き、もう歩けなくなり、
眠り始めました。

医師の往診を受け、
応急処置を施されるものの、
翌日まで目が覚めず、
90㎞離れた県立病院に救急車で運ばれ、
そこで徹底的に解毒を受け、
見た目には状態が安定し、
あとは目が覚めるのを待つだけだろうと信じ込んでいました。

翌日、夜7時、
状態が安定しているのを確認。

しかし、8時、
急きょ面会謝絶になってしまいました。
そして、8時半、死亡が確認され、
そのことが伝えられました。

2017年4月5日(水)
カマウさんの地上での存在が消えました。

普通の健常な人にとっては、
何故自殺しなければならなかったのか、
何故妻子を残して自分勝手な死を選んだのか、
何故?の嵐で、
彼の思考は想像も理解もできないレベルにあるでしょう。

この度、無念にも、
帰らぬ人となってしまいました。

しかし、
もし生きながらえていたとしても、
後遺症が残り、
もはや仕事もできず、
家族・親族にとっての負担となりながら生きていくことになるか、
あるいは、何度も何度も公衆の面前で自傷行為を繰り返し、
いずれは自分の身体にガソリンをかぶり、
マッチに火をつけて、
壮絶な焼身自殺をはかることになるか、
いずれにしても、
彼は死を免れない人間だったのでしょう。

とにかく、
苦痛だった地上生活に終止符が打たれました。

そんなわけで、
身内に迷惑をかけ続けたカマウさん、
しかし、実直で勤労だった彼は、
身内や多くの人を助け、多くの人から愛される存在でした。

翌4月6日、
キラキラ保育園・小学校合同の学期終了日。
キラキラの教職員たちはショックと悲しみで、
涙を浮かべながら、心に重くどんよりしたものを抱えながら、
早朝から夕方までの忙しい一日を、
心を無理に奮い立たせながら過ごすことになりました。

夕方のPTA総会にやって来た保護者たちも、
事情を知る前から、
「今日はいつものキラキラと違って重苦しい」と感じたほど。

大通りをオートバイが通る度、
「カマウさんかな?」と頭は自然にそっちを向き、
「あ、もういないんだ」とうつむく繰り返し。

この日、ジャシンタ先生は、
丸一日ジュリアナ先生のそばにいて、
キラキラは私と教職員の皆さんだけでうまく学期末をおさめました。

夕方、給料袋をみんなに手渡した後で、
先生方がみんなで同僚ジュリアナ先生の家へ、
喪のために一日中家にいたジュリアナ先生を慰めに行きました。

カマウさんとジュリアナ先生の一人息子マーティン君は、
我が家にしばらく泊まることになり、
こどもたちの食事やお風呂の面倒を見た後で、
私もジュリアナ先生の家へ。

私の顔を見て、
私の手から給料袋が渡されたとたん、
ジュリアナ先生は泣き崩れ、
「カマウ、カマウ、」と。

故シャドラックくんのお父さん(キラキラのPTA会長)もかけつけました。
子を失って悲しむ親。
親を失って悲しむ子。

その夜、ジュリアナ先生の家の庭で、
葬儀委員会の初回の会合が持たれました。


旧約聖書ヨブ記01章21節
主は与え、主は奪う。
主の御名はほめたたえられよ。



旧約聖書ヨブ記42章02節
あなた(主)は全能であり
御旨の成就を妨げることはできない


残念な結末に至りましたが、
それはそれで主なる神様のご意志であるとして、
ただただ感謝し、謙虚に受け止めています。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-06 23:44 | 現地で 全般・他