アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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小学校入学手続き②

2017年10月14日(土)
キラキラ学園初等部の入学手続き第二弾を行いました。

今回は、多くの人たちから入学手続きに関する問い合わせがあり、
数年前に開校して他の学校の児童たちを一気にかっさらっていったあのマンモス校の瓦解があり、
多くがキラキラに流れてくることを想定し、
定員をオーバーしてしまったらどうしようかと、
かなり心配しながら当日の朝を迎えました。

朝6時前、まだ暗い外から声が聞こえてきました。
治安維持のために、夜中には来ないようにと呼びかけても、
しっかりとキラキラ入学を確保したいという親子たちは、
どうしても朝早くから行動してしまうのです。

朝6時過ぎ、アレックス先生が門の外に。
先生方には7時に来るように言っておいたのですが、
かなり早めの出勤です。
こうした勤労の態度はどんどんほめて伸ばしてあげたいです。

一緒に椅子などの準備をしてから、
門の外の親子たちを敷地内に迎え入れます。
6時半の時点で、既に20組は来ていました。

しかし、中には、
2011年生まれまでという規定に漏れた、
2012年1月生まれの子を持つ親がいて、
「ぜひ、どうしても!」と懇願し始めるほど。
しかし、懇願されて認めてしまったらきりがなくなってしまいます。
規定は規定。2011年12月31日生まれ以前の子たちを受け付けます。

また、出身幼稚園を証明する物を持って来なかった親子が多く、
急いで家に帰ったり、園の先生に電話をかけたりしてかき集めます。
園の領収書でも、通知票でも、試験用紙でも、何でも良いのです。

7時前から、ジャシンタ先生による受付を開始します。
7時、こういう大事な日だと言うのに、遅刻の先生が2人いました。
遅れて来て、すぐに前もって知らせてあった持ち場に入るのですが、
私もあえて黙って咎めません。
既に仕事が始まっている中に入って行くことで、
良心が咎めるはずですから。

ジャシンタ先生と助手のレジナ先生の受付けを済ませ、
こどもたちは一人一人、筆記の入学試験を受けるために、
先生方がいるところに向かいます。

外ではアレックス先生が、
来る親子を一組ずつ確認しながら、
順番待ちの行列を整理して、
一組一組順番にジャシンタ先生の受付けに向かうようにします。

規定の9時の40分前、
定員をオーバーすることはないという見通しが立った時点で、
レジナ先生とドロシー先生にはコピーを取る作業を始めてもらいます。
親の身分証明書と、子の出生証明書のコピーです。

規定の9時になり、
すぐに説明会を始めます。
説明は私の担当。
キラキラに新たに入る保護者たちのために、
具体例を挙げながらわかりやすい説明を心がけます。

続いて所定の用紙に必要事項を記入してもらいます。
字が書けない人は、先生方が手伝ってあげます。

10時半、アレックス先生が外で順番を整理しながら、
親子1組1組順番に呼び入れて、
まずは私による記入内容(子・親などの情報)のチェックです。
子の氏名の綴りなどをしっかりと確認していきます。
次に、パトリック先生が入学金の領収書と入学時の必要事項が記載された紙を渡し、
順番に帰っていただきます。

一人、左手に奇形がある子がいました。
腕の先が細く短くなっており、
辛うじて小動物のサイズの指・爪のようなものがついているだけ。
その女の子はイスラム教徒で、
幸い頭を覆うヒジャーブでそのまま左手を覆っていました。

後で聞いた話では、
順番待ちの間にこどもたちが外で遊んでいた時に、
その左手を見た他のこどもたちは、
その子に近寄らないようにしていたとのこと。

みんながキラキラに入学したら、
その子をさりげなくしっかりと激励し、
他の子たちをしっかりと教育していく必要があります。
そのためには、若くて経験の少ないうちの先生たちを、
徹底的に指導する必要があります。

三浦綾子さんの「塩狩峠」で、
主人公長野信夫くんが慕う脚の悪いふじ子さんのことを、
ふじ子さんの兄吉川くんは、
「ふじ子はこの世の試金石のようだ」
と語っていたのを思い出します。

つまり、脚の悪いふじ子さんを見て、
嫌って敬遠する人と、同情して優しい気持ちになる人とに分かれる、と。

その左手に奇形がある子のキラキラ入学によって、
キラキラのこどもたちが、
同情心や優しい気持ちや友情や愛情を育んでいけるよう、
そして、その子自身も、
優しい環境の中で個性をいかんなく伸ばして自信を持てるよう、
切に願います。

さて、話を戻して、
あのマンモス校の幼稚部出身のこどもたちが、
案の定たくさん来ていました。

そのマンモス校は、
多くの保護者たちに見限られて、
ますます児童数が減少しているのです。
しかし、数年前に華々しくナマンガで開校した時に、
私とジャシンタはある程度予測していたことなのです。

そのマンモス校は、
欧米の大きな資本家たちの協賛で、
ケニア各地に何千という分校を建てていました。
表向きは貧しいアフリカのこどもたちを支援するということで、
欧米人から多額の支援金を集めていたようです。

しかし、実際には、
恐らく資本家たちの利潤追求の市場でしかなかったのです。
欧米の資本家たちが、ケニアの資本家たちと結託し、
表向きは最高の理想的な貧しい学校を量産し、
そこでIT教育を標榜し、
ある意味IT機器の市場として、
ある意味実験現場として利用していたわけです。

雇われた教師たちはみな経験が浅く教員資格もない若い人たち。
各分校に年輩の経験豊富な校長がいるわけでもなく、
若い教師たちだけで運営し、学費を集め、教育・指導にあたっていたのです。

学費はキラキラよりも高く、
しかも給食費は別。
私の経験上、建設費用の一部は欧米からの支援金でまかなっているとしても、
日々の運営は十分採算が合って利益を上げるだけの学費収入はありそうでした。

そのマンモス校のナマンガ分校では、
まず管理責任者による横領があり、
保護者から集めた学費の一部または大半が失われました。

続いて、若い男の先生たちによる、
保護者(若いママさんたち)や児童(高学年女子)とのスキャンダルが相次ぎました。

もはやそうなると、
上から下までカオス状態となって、
こどもたちの教育も指導もますますずさんになっていくことは必至でした。

ということで、多くの親子がそのマンモス校から流出し始めたというわけです。
しかも、ナマンガ分校だけでなく、
ケニア各地の分校が閉校に追い込まれつつあると聞いています。
同様のスキャンダルや質の低下があったのでしょう。

教育に限らず、この世の全ての組織は、
上の人間の姿が下まで反映されていくものです。
上の人間がお金に強欲なら下までそうなり、
上の人間が暴力的なら下までそうなり、
上の人間が怠け者なら下までそうなるものです。

多くの私立学校のトップたちは、
金儲けを第一義に考えているようですが、
教育や指導に対するワーキングスピリットがないと、
絶対に失敗すると言えるでしょう。

キラキラは、私もジャシンタ先生も、
皆さまからのご支援のおかげで、
お金に関しては強欲になることなく、
本当に必要なワーキングスピリットだけで学校を切り盛りすることができ、
おかげで教職員や保護者たちやこどもたちまでその精神が大いに受け継がれています。
改めて、ご支援くださる皆さまに心から感謝申し上げます。

多くの人から入学に関する問い合わせがあったという話ですが、
結果的に新1年生は定員をオーバーすることなく、
例年並みの人数に落ち着きました。
問合せの多くは、2年生以上の学年への転入に関するものだったようです。
手続きを終えてから思い出しました。

新1年生は、キラキラでは珍しく、
女の子の方が男の子とりも圧倒的に大人数。
しかも、ナイシパイ(幸せな子)という名前の女の子が3人もいます。
3人のうちの1人はうちのヒカリ・ナイシパイ・アイハラです。

他校の栄枯盛衰を、自分たちにも関わる問題として傍観しつつも、
自分たちはマイペースで、幸せな学校づくりをこれからも続けてまいりましょう。


キラキラの運営はびしっとしております。
だらだらしてずさんな運営よりも、びしっとした方がわかりやすくてお互いに疲れません。

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筆記試験に臨むこどもたちです。

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今は机に飲み込まれてしまうくらいちっちゃい体ですが、
そのうち机を飲み込むくらいでっかくなることでしょう。

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相原 記


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by kjkirakira | 2017-10-14 22:00 | 現地で 小学校