アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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葬儀

カマウさん、享年37歳。

私の大親友かつビジネスパートナー、
ジャシンタ先生のいちばん身近な弟、
ジュリアナ先生(1・2年生部門の調理担当)の夫、
マーティンくん(3年生男子)の父、
その真っ正直な性格から、多くの人に好かれ、
その反面、内に葛藤を抱えて苦しんできた男。

その葬儀が4月11日(火)。

早朝から段取りが悪く、
遺族の張本人であるジャシンタ自らいろいろ仕切らなければならないほど。
普段キラキラなどで、計画的にスピーディーに場を仕切ることに慣れている私とジャシンタは、
完全にコミュニティーの人たち任せでは何も進まないことを改めて思い知らされました。

遅れに遅れてバスが出発。
90㎞離れたところにあるカジアド県立病院の遺体安置所まで、
遺体を引き取りに行くのです。

単に遺体を引き取るだけなのですが、
大名行列のように大人数で行くことになるのです。

キラキラのスクールバスを先頭に、
ワゴン車、乗用車などが列をなして行きます。

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遺体安置所で、
故人の遺体の顔を見た途端、
大泣きして、泣き崩れて、過換気で倒れる女性が続出です。
故人の妻、姉、従姉妹、姪っ子など。
たいがい男性は泣かないし倒れません。

大名行列が戻って来て、
遅れに遅れて葬儀が始まりました。

まずは記念写真。
グループごとに故人ゆかりの人たちが呼ばれ、
棺桶と額に入った故人の写真と一緒に集合写真を撮ります。
カメラマンは私のみ。

残念ながら、
太陽が高い位置、しかも位置的に横からの陽ざし、
かつ、真っ白な棺桶と、微妙に日陰に隠れた黒い顔の人たちとのコントラストがきつく、
最悪の撮影条件でした。
撮影が始まってすぐに、
今日は良い写真が撮れないことがわかり、
あきらめモードに入ってしまいました。

記念写真は、
故人の妻と息子、
故人の兄弟姉妹とその家族、
故人の親族、
故人の妻の親族、
故人の友人、
故人の妻の教会の人たち、
列席していた教会の牧師たち、
葬儀委員会の面々、
といった順で行われました。

続いて、
私が作成した葬儀の小冊子に記載した、
故人の略歴が読まれました。

続いてスピーチです。
親族代表、
友人代表、
葬儀委員会代表、
地域の代議士。

急きょ、私が親族を代表してスピーチすることに。
遠くからやって来た故人の妻の親族は疲れており、
身近な兄弟姉妹たちは感傷的になっているし、
他に人がいないということもあり、
身近だった私に白羽の矢が立ったのです。

1年前、年少組サムエルくんの葬儀では、
サムエルくんが通っていたキラキラ保育園の代表としてスピーチしました。
21年前、大学の友人の葬儀では、
友人代表として弔辞を読みました。
しかし、何度やっても慣れないものです。

短時間で思考を整理して準備し、
家族・親族としての見解、
故人の生きざま、
残された私たちが向かう方向性など、
聖書に基づきながら語ることができ、
多くの人に理解していただけたようです。

葬儀の全景です。
テントの下に、身近な人たちが優先的に陣取り、
周りの木陰などにも大勢の人が立ったり座ったりしながら参列しています。

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一連のスピーチの後は故人の妻の教会が仕切り、
ちょっとした礼拝となります。

讃美歌を歌い、
祈り、
牧師が説教し、
男たちが棺桶を運び、
みんなぞろぞろと穴の方に移動し、
棺桶を穴の底に安置し、
ここでまた身近な女性たちが大泣きし、過換気で倒れ、
男たちが土をかぶせ、
少し土が盛り上がった墓ができあがり、
身体に力がはいらなくなった故人の妻に代わって一人息子マーティンくんが花輪を墓に置き、
親族代表として弟の一人が花輪を置き、
教会代表として牧師が花輪を置き、
あとはそこに残っていた人たちが花を一輪一輪墓にさし、
墓の前で故人を愛した人たちが一組一組記念撮影し、
最後に野生動物たちが墓を荒らさないようにと茨を墓の上にかぶせ、
一連の葬儀のセレモニーが終了しました。

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故人の身近で働いていた、
キラキラのビリカキャンパス勤務の男性教職員たち。
左から、ジョージ先生、ネルソン先生(守衛・調理)、ジョン先生、アレックス先生。

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喪の期間からずっと、
故人の妻の家の庭では通夜が営まれ、
大人たちはみな忙しくしていたために、
故人の息子マーティンくん、故人の弟夫婦の娘シャロンさんが、
うちのノゾミ、ヒカリと一緒に、
我が家で合宿していました。

葬儀の日の晩も、
4人のこどもたちはみんなで、
くたくたに疲れて折り重なるように眠りにつきました。

故人の一人息子マーティンくん、
少しだけ涙を見せていたけど、
最後の花輪を飾るまで、
実にしっかりと堂々としていて、
素晴らしかった!
神の祝福がありますように。

これからは、故人の妻ジュリアナ先生と協力しながら、
このマーティンくんの養育、教育の責任の一端を担っていくことになります。

故人の妻の遠くから来た親族の何人かは、
前の晩に引き続き我が家のお客さん用の部屋に泊まり、
翌朝旅立っていきました。

キラキラ的に、
オートバイを運転していたカマウさんの死によって受ける影響は、
・調理の燃料となる薪の供給をどうするか
・お店からの食材の調達をどうするか
・6㎞離れたビリカに用事がある際の移動はどうするか
・そのビリカでの建設の際、人や物や建材の運搬をどうするか
これから、落ち着くまでは、
費用も時間も手数もかさんでいきそうです。

統計上は、日本は死亡率の高い国になります。
しかし、それは高齢者が多く、大往生する人が多いからであり、
葬儀もしめやかに営まれているのでしょう。

しかし、ケニアなどのアフリカ諸国では、
家族、親族、コミュニティーの中で人と人との距離が近い生活をしていることや、
こどもや若者や働き盛りの大人や一家の大黒柱などの死が多いことからも、
葬儀の度にみなが感傷的になり、号泣がこだまし、人が倒れ、
後々も思い出すたびに涙する人が多く、
生活や仕事に何らかの影響が出て、
一つ一つの死が重く、大きな意味をもつのです。

ジャシンタの兄弟姉妹は生まれたときは全部で10人でした。
これまで既に4人の葬儀を経て来たわけです。
両親の葬儀も既に経て来ました。
おじさんたち、おばさんたちの葬儀も時々あります。
従兄弟姉妹たちの葬儀も時々あります。
仕事や教会や近所や友達関係の葬儀もしょっちゅうあります。
これからも、何回も、
涙と号泣の葬儀を経験していくことになるのです。

旧約聖書・ヨブ記1章21節
「主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-12 16:22 | 現地で 全般・他