アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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あのシャドラックくんの死から1か月余り、
また、死がやって来ました。

死が訪れた男性は、
デニス・カマウ(以下、カマウさん)

ジャシンタの弟(私の義理の弟)、
キラキラ1・2年生部門の調理担当者ジュリアナ先生の旦那さん、
キラキラ3年生マーティンくんのお父さん、
かつてはキラキラや私たち個人の専属土木建築作業人でしたが、
ここ数年はオートバイを運転し、
普段は普通にオートバイタクシーや物の運搬で稼ぎ、
キラキラや私たち個人の移動、食材供給、建材供給、薪供給、その他もつかさどり、
金銭面でも完全に忠実で、嘘や盗みなども皆無で、
私とジャシンタにとっての公私にわたる活動に欠かせない役割を果たしてくれていました。

奥さんのジュリアナ先生も同様に実直な人で、
キラキラの金銭管理を一手に引き受けてくれています。

一人息子マーティンくんは、
従妹ノゾミより半年だけ年上の幼馴染。
お父さんが大好きで大好きで、
オートバイに乗ってお父さんの仕事についていくこともありました。

故カマウさんは、
精神的・人格的に常軌を逸していました。
ときどきおかしくなり、
市街地に繰り出してはいろいろ人目を引くことを繰り返していたのです。

公衆の面前での自傷行為もありました。
「俺は神様が守ってくれるから大丈夫」と言いながら、
脚を焼き、見事に火傷したり。

本人はとても頑なな性格で、
人のアドバイスに耳を傾けることもなく、
自分が病気であることを否定し続けていたのですが、
何度か入院したり、向精神薬を服用したりもしていました。

しかし、自傷行為や、
自分をスーパーパワーと信じて疑わない態度から、
いつか自殺してしまうかもしれないという懸念は常にありました。

今回も、数週間前から、
カマウさんがまたおかしくなったという気配はあったのです。
やたらと市街地の人ごみに出ていきたいくなり、
繰り返し繰り返し、
「自分は毒を飲んでも死なない」
と語っていたほどでした。

私たちを含めた身近な人たちも、
何度も何度も説得を試みたり、
心を落ち着かせる薬の服用を強制したりしていたのですが、
頑なな性格ゆえに効き目はありませんでした。

ある日、ネズミを殺す薬を大量に服薬しました。
幸い、そのための薬も飲んでくれて、
ひたすら吐き、吐き、
翌朝には普通に元気にしていたのです。

しかし、その日、
また人ごみの中に出かけ、
「俺はこれを飲んでも死なない!」と大声で宣言しながら、
農薬を大量に飲んでしまったのです。

そのままオートバイに乗って帰宅。

噂を聞きつけた身内の者たちが、
ひたすら病院に連れて行こうとしたのですが、
頑なな彼はとことん拒否。

徐々に徐々に意識は遠のいていき、
夕方、酩酊状態で300m離れたおばさんの家まで歩き、
そこで力尽き、もう歩けなくなり、
眠り始めました。

医師の往診を受け、
応急処置を施されるものの、
翌日まで目が覚めず、
90㎞離れた県立病院に救急車で運ばれ、
そこで徹底的に解毒を受け、
見た目には状態が安定し、
あとは目が覚めるのを待つだけだろうと信じ込んでいました。

翌日、夜7時、
状態が安定しているのを確認。

しかし、8時、
急きょ面会謝絶になってしまいました。
そして、8時半、死亡が確認され、
そのことが伝えられました。

2017年4月5日(水)
カマウさんの地上での存在が消えました。

普通の健常な人にとっては、
何故自殺しなければならなかったのか、
何故妻子を残して自分勝手な死を選んだのか、
何故?の嵐で、
彼の思考は想像も理解もできないレベルにあるでしょう。

この度、無念にも、
帰らぬ人となってしまいました。

しかし、
もし生きながらえていたとしても、
後遺症が残り、
もはや仕事もできず、
家族・親族にとっての負担となりながら生きていくことになるか、
あるいは、何度も何度も公衆の面前で自傷行為を繰り返し、
いずれは自分の身体にガソリンをかぶり、
マッチに火をつけて、
壮絶な焼身自殺をはかることになるか、
いずれにしても、
彼は死を免れない人間だったのでしょう。

とにかく、
苦痛だった地上生活に終止符が打たれました。

そんなわけで、
身内に迷惑をかけ続けたカマウさん、
しかし、実直で勤労だった彼は、
身内や多くの人を助け、多くの人から愛される存在でした。

翌4月6日、
キラキラ保育園・小学校合同の学期終了日。
キラキラの教職員たちはショックと悲しみで、
涙を浮かべながら、心に重くどんよりしたものを抱えながら、
早朝から夕方までの忙しい一日を、
心を無理に奮い立たせながら過ごすことになりました。

夕方のPTA総会にやって来た保護者たちも、
事情を知る前から、
「今日はいつものキラキラと違って重苦しい」と感じたほど。

大通りをオートバイが通る度、
「カマウさんかな?」と頭は自然にそっちを向き、
「あ、もういないんだ」とうつむく繰り返し。

この日、ジャシンタ先生は、
丸一日ジュリアナ先生のそばにいて、
キラキラは私と教職員の皆さんだけでうまく学期末をおさめました。

夕方、給料袋をみんなに手渡した後で、
先生方がみんなで同僚ジュリアナ先生の家へ、
喪のために一日中家にいたジュリアナ先生を慰めに行きました。

カマウさんとジュリアナ先生の一人息子マーティン君は、
我が家にしばらく泊まることになり、
こどもたちの食事やお風呂の面倒を見た後で、
私もジュリアナ先生の家へ。

私の顔を見て、
私の手から給料袋が渡されたとたん、
ジュリアナ先生は泣き崩れ、
「カマウ、カマウ、」と。

故シャドラックくんのお父さん(キラキラのPTA会長)もかけつけました。
子を失って悲しむ親。
親を失って悲しむ子。

その夜、ジュリアナ先生の家の庭で、
葬儀委員会の初回の会合が持たれました。


旧約聖書ヨブ記01章21節
主は与え、主は奪う。
主の御名はほめたたえられよ。



旧約聖書ヨブ記42章02節
あなた(主)は全能であり
御旨の成就を妨げることはできない


残念な結末に至りましたが、
それはそれで主なる神様のご意志であるとして、
ただただ感謝し、謙虚に受け止めています。


相原 記


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by kjkirakira | 2017-04-06 23:44 | 現地で 全般・他