アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

ゼロからの出発を覚悟!

ナマンガの街中で11年間キラキラを続けてきて、
街に住む人たちからは一定の評価を得て、
良くも悪くもキラキラの立場を確立できています。

良くも悪くもと言うのは、
街の人たち全員にとって最良の学校にすることは不可能であり、
喜んでキラキラにやって来る人もいれば、
キラキラには絶対に来ない(来られない)人もいるということです。

そんな、キラキラに諸々の事情で来られない人も、
キラキラの存在感は認めているのです。

しかし、街から6㎞離れた小学校本校舎建設予定地は、
ある意味ナマンガの街から一線を画しており、
文化も慣習もコミュニティーの構成員も違います。

そのエリアは「ビリカ」と呼ばれています。
ビリカとは、スワヒリ語でやかんの意味の他に、
水場という意味もあります。
昔にどこかの国の援助で大きな水場が設けられ、
地域住民(マサイ)と家畜たちが潤っているからです。

そのビリカで、
私たちがナマンガの街中で確立してきた良いやり方が、
全く通用しないという試練に直面しています。

草刈り作業を8人の男たちとの契約によって始めたのですが、
早くもその契約を順守しない人たちが続出しているのです。

初日の夕方に、6分の1の給料を払う、
8人全員の作業が終わったら残りの6分の5を払う、
という契約でした。

さらに、草木はどこまで切るとか、
切り取った草木はどこに運ぶとか、
ある程度細かいことも契約時に決めていました。

そんな調子で、作業が進められたのですが、
1週間経って、不平不満たらたらなのです。

8人中6人は、
私たちとの土木作業に慣れ親しんだ街の人間です。

しかし、あとの2人が大変です。
ビリカのご近所さんで、
私たちにこの土地を売った昔の地主一家なのです。

ナマンガなどのマサイの土地では、
土地の私有という概念が、
近年になってようやく浸透して来ました。

土地の私有を認められた、
昔からいるマサイの大家族は、
近年の干ばつと貨幣経済の浸透により、
どんどん土地を切り売りし、
売った金を湯水のように使い尽くし、
どんどん没落して無一文になっていくという現象が起きています。

「土地を売って貧乏を買う」
という評語を書いた看板さえ現れ、
このマサイの地主たちの没落を予防しようとしているくらいです。

このビリカの地主一家は、
とくにここ10年くらいの間に、
広大な土地を複数の人に切り売りしました。

10年経った今、
もはや切り売りする土地もなく、
その日その日の糧にも困るくらいに没落しているのです。

私たちが草刈りを始めようとした日、
その一家から2人が職を求めてやって来ました。
近所の人にも雇用機会をと考え、
少々心配はあったものの、
草刈りチームの一員として加えました。

しかし、5日後、
「有り金が底を突いて、家庭の問題が山積しているから、少し前金をくれないか?」と懇願されました。
キラキラでは全てを契約でやることに慣れており、
現に問題なく成功しているのを知っている私としては、
一度契約した内容を変更するなどもっての他です。

しかし、私が前金を断ったことで、
彼らは相当ショックだったようです。

その2日後、
彼らのストレスは最高潮に達したようです。
前金をもらえないことに対する不満だけでなく、
最初に契約した仕事内容すらああだこうだ言って拒否しようとしました。

挙句の果てには、
この土地を私たちに売ったことに対して、
いろいろ問題点まで提起してくる始末。

先日、財政破たんで有名なギリシャが、
ギリシャのために相当の資金援助をしてきたと思われるドイツの戦争責任を持ち出して、
賠償請求するというニュースがありました。

多くは語りませんが、
他人事ではないな、という感想です。

それから、もう一つの問題は、
草刈りチームの8人のうち何人かが、
自分の手下となる人間を雇い入れて、
自分の分担のエリアの草刈りを、
雇った人と一緒に進めていたことから生じました。

こうなると、もはや私たちの管轄ではなく、
8人が8つの会社の社長として、
それぞれの被雇用者を管理してもらわないといけません。

しかし、
下で雇われた主にビリカの青年たちは、
契約内容など知る由もなく、
お金がすぐにもらえないことに逆上し、
私たちに矛先を向け、
「明日暴動を起こす」というニュアンスの言葉まで発する始末。

そんなこんなで、
8人が毎日朝から夕方まで頑張っていれば、
そろそろ終わって普通に全残額の支払いができたところ、
ああだこうだ不平不満ばかり言って仕事をせず、
まだまだ草刈りされていないエリアも多く残っている現状です。

この手の問題に出くわしたのは、
決して初めてというわけではありません。

契約内容を知っているくせに、
疲れてくると知らなかったふりをするとか、
契約外だからやらない!と言い張るとか、
ボスがこう言ったからなどと、
根も葉もないうわさ話を働かない口実にするとか、
不平不満たらたらで周囲の人間の士気低下を煽り、
それでいて自分は良い子にしているとか、
士気低下、つまり一種のストライキをして、
賃金引き上げを狙うとか。

とにかく、こちら側には全く落ち度がないにしても、
何が正しくて何が間違っているかわからない人たちや、
理屈がわからない人たちを相手にするのは、
相当のストレスなのです。

ここ10年間だけでも、
ナマンガの周辺で、
いくつかの支援型プロジェクトが試練に出くわしています。

ナマンガから13㎞離れた田舎の学校・病院・施設は、
地元の人たちの暴動により閉鎖に追い込まれ、
主宰者の韓国人は、
そのプロジェクトをやめて他の地に移って行きました。

ビリカで、うちの建設予定地に近いところにある公立ナマンガ高校は、
建設時に地元の人たちの暴動まがいの反対を受けたそうです。
ナマンガにこれまでなかった公立の高校をつくるという、
ナマンガにとって素晴らしい事業であるにもかかわらず!
公立であり、地元行政からの認可を受けているにもかかわらず!

ナマンガから20㎞離れた田舎の韓国人主宰の小学校は、
地元の人たちによる嫉妬と言いがかりで窮地に陥りましたが、
幸い、教育に理解があり、発言権のある地元の有志の仕切りによって、
事なきを得ました。

ナマンガから80㎞離れたところにある、
欧州の慈善家による援助で建てられた病院は、
地元の人たちの暴動まがいの言いがかりにより、
閉鎖に追い込まれました。

ナマンガの複数の学校の教室建設や、
ナマンガの複数の教員養成を支援していたオランダ系の団体は、
地元の委員会のずさんな会計管理を知り、
全面的に撤退を決めました。

支援プロジェクトに必要なのは、
結果を焦らず、
地元のコミュニティーを尊重しながら、
忍耐強く活動を続けることで、
数年後にようやく目指すものの一かけらの成果を見出す、
というくらいの姿勢ではないでしょうか。

また、コミュニティーに対する啓蒙活動もある程度必要です。
本能に従って行動するだけでは、
現代世界では生きていくことができず、
契約によって自己制御するということを、
教育や建設事業を通してコミュニティーに学んでいただく、
ということも必要なことです。

かつて、私の講演を聴いた日本の学生さんのコメントで、
支援する側の上から目線ではないかという指摘を受けたこともあります。
確かに、そうかもしれません。
しかし、そうならざるを得ない状況もあるのです。

地元コミュニティーの言いなりになって、
「いいですよ。問題ないですよ。大丈夫ですよ。」とばかり言っていたら、
学校が学校でなくなり、
プロジェクトがプロジェクトでなくなるということも、
十分に経験済みなのです。

国の財政であれば、それこそ「国民の血税」のような言い方をします。
キラキラであれば、支援者の皆さんの志と汗により、
今こうしてビリカで小学校建設を進めることができるのです。

その志や汗の価値を伝えて、
有効に活かしていくためにも、
私の役割は大きいのです。

キラキラがかなりの成果を上げて、
私自身が相当に忙しくなり、
何事も迅速な結果を求めてしまい、
気付かぬうちに人に無理をしいている、
という姿勢を反省し、
原点回帰しつつ、
ビリカという新しいコミュニティーの弱点を寛大に受け入れ、
ゼロから始めていくという覚悟を決めて、
これからの建設と本校舎開校に向かっていくしかありません。


建設の第一として、
建材などの物置小屋と守衛の部屋を建てます。
その部分をとげとげの茨で囲みました。

b0124020_16355785.jpg















典型的なケニアの大地には、
とげとげがたくさんあります。
とげとげは、自分自身を突いて流血させることもありますが、
自分の住む家の周りを囲めば、侵入者を突いて流血させることができます。

b0124020_16355703.jpg
















相原 記


[PR]
by kjkirakira | 2015-02-11 23:24 | 現地で 小学校