アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

20140529広島カープ対千葉ロッテマリーンズ観戦会

兵庫県沖の瀬戸内海でタンカーの爆発炎上事故が起こった午前中、
神戸を経って広島へ移動。
広島駅に迎えに出ていてくださったのは、
K先生ご夫妻。

2012年8月放送のミヤネ屋で私たちのことを知り、
キラキラを支援してくださるようになり、
早くも、次回日本に来る際には、
ぜひ広島へ!という話もし始めていたのです。

それから間もなく原稿の依頼もしていただき、
下記のような文章を寄稿させていただきました。

☆☆

「広島市医師会だより」2013年1月号「招待席」寄稿


〈題〉 アフリカを支え、アフリカに支えられ


〈氏名〉 相原功志(あいはらこうじ)


〈筆者紹介〉
1972年11月9日生まれ。埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)出身。ケニア共和国ナマンガ在住。新潟大学医学部卒業後、同大学小児科に勤務。2004年、幼児・学童の保育・教育支援などを目的に、ケニア政府認可のCBO(Community Based Organization)法人を設立し、そのCBO傘下のキラキラ保育園などを運営して現在に至る。妻はケニア人、2児の父、クリスチャン。
ケニアでこども支援「キラキラ・プロジェクト」 http://www.geocities.jp/kj_kirakira/


〈本文〉
志望していた高校への入学を果たして間もなく、人生このままで良いのだろうかという疑問を抱いていた頃、社会科の資料集に載っていた1枚の写真に目が留まりました。その、がりがりに痩せたアフリカの飢餓難民の男の子の写真と、そこに添えられたメッセージが私の心を捕らえました。「この写真を見て欲しい。見るだけでなく、読んで欲しい。読むだけでなく、感じて欲しい。感じるだけでなく、考えて欲しい。考えるだけでなく、行動して欲しい。」 将来はこの子を救いにアフリカ(途上国)に行くのだという、漠然とした夢を抱くようになったのです。
弱いこどもを救いたいという夢の背景には、私自身のこども時代がありました。気管支喘息の発作で夜中に何度も病院に通い、切ない思いをしました。慢性副鼻腔炎のために、産まれて初めて飛行機に乗ってやって来た広島で、フライト中に発症した急性中耳炎の痛みに耐えかねず、観光そっちのけで耳鼻科探しをしたこともあります。(広島と言えば、プロ野球ではカープのファン、戦国武将では毛利元就のファンでもあります。)
このように弱かった自分が、何とか強くなって、弱いこどもたちを救おうと志し、医学部を経ながらも、医業にこだわらずにアフリカに渡りました。全くゼロの状態からプロジェクトを立ち上げ、その日本側の後援組織も立ち上げ、15の頃の夢もかなって順風満帆かに見えました。
しかし、現実はそうそう甘くはありません。ケニアでも、日本でも、いろいろな形で打ちのめされました。どんなに頑張っても正しく理解されず、十分な見返りも得られず、活動を投げ出したくなることもしばしばでした。そんな繰り返しの中、いちばん支援を必要としているのは弱い私自身なのだということに気付かされます。弱い時と強い時、弱い人(自分)と強い人(自分)、それがあってこそ、人生であり、世界であるわけですね。(カープにも強い時と弱い時がありました。)
旧約聖書「コヘレトの言葉」(伝道者の書)7章14節、「順境には楽しめ、逆境にはこう考えよ。人が未来について無知であるようにと、神はこの両者を併せ造られた」、同4章12節、「ひとりが攻められれば、ふたりでこれに対する。三つよりの糸は切れにくい。」
そんなこんなで、ケニアの田舎町ナマンガにて、支え、支えられながら、コミュニティーにどっぷりつかって生きています。2014春の一時帰国時には、広島にも足を伸ばしたいと考えております。どこかで皆さまにもお目にかかれれば幸いです。

☆☆

それが、この日、実現したのです。
それも、昨年の後半戦から徐々に強くなり、
注目を集め始めた広島カープが大ブレイクして、
実力も人気もセリーグのトップをひた走るこの時期!

観戦会は、パーティールームで、
主にK先生ご夫妻のお仕事の関係の皆さまが集まり、
和やかに、わいわい楽しく行われました。

観戦しながら、キラキラのことも、アフリカのことも、
いろいろと話をさせていただきました。

何と、90年代の広島カープのエース佐々岡真司投手も来られ、
91年の広島対西武の日本シリーズ第4戦での佐々岡投手の熱投が、
生々しく記憶に焼き付いている旨を伝えることができました。

さらに、90年代に活躍した野手で現在コーチの高信二氏の娘さんが来られ、
何と、現在東京の大学で、アフリカに関して学んでいるとのこと。

さらにさらに、90年代に活躍した野手で現在コーチの緒方孝市氏のご家族の皆さんが来られました。
ぴんと来られた方もいらっしゃるでしょう。
そう、緒方氏の奥さんは、あの中條かな子さん!
かな子さんと娘さん+娘さん+息子さんがいらっしゃったのです。
娘さんは、観戦の傍らで、ノゾミと折り紙で楽しそうに遊んでくれていました。

b0124020_23181083.jpg













試合の方は、
広島のエース、マエケンの好投と、
広島の4番打者、エルドレットの2本のホームランなどで、
見事に広島が勝利。

マエケンとエルドのヒーローインタビューを眺めつつ、
この試合の主役は確かにマエケンでありエルドであるかもしれないが、
ピッチャーマウンドやバッターボックス同様に、
観客席を含めたこの球場の至る所にそれぞれの人生ドラマがあり、
観客一人一人もこの試合の主役なのだと感じました。

そして、赤で染まる球場。
赤い服を着た広島ファンたち。
町全体で球団を応援して支えている感じがとても素敵だと思いました。

そして、その地道な努力が実り、
応援の輪が全国的になってきた広島カープ。

お金がないために選手たちがFAで流出しても、
常に若手を育成し、
4番打者でも謙虚に盗塁できるように育て上げる良い伝統。

キラキラが実践していること。
キラキラが目指していることに、
通じるものがあります。

ナマンガでは、男たちも、一部の女たちも、
サッカーが大好きで、
「俺はマンU」
「俺はアーセナル」
「俺はレアル」
など、ごひいきのチームがあります。
(ケニアなのに欧州のチームなのが悲しいですが)

自分の夢を、一流スポーツ選手たちに託しながら、
自分の夢を、自分ができないことをしている人たちに託しながら、
それぞれが主役として、コミュニティーを、世界を、築いていくのですね。

b0124020_23181000.jpg













K.A.記


[PR]
by kjkirakira | 2014-05-29 23:16 | 日本で 活動報告