アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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ケニアの就労ビザ

日本人である私が、
ケニアに長く滞在して、
ケニアで労働をするためには、
特別なビザ(査証)が必要です。

就労ビザ、
労働ビザ、
といった類のものです。

仮にその労働が、
完全な無償、
すなわちボランティアであっても、
就労ビザを取得する必要があるので要注意です。

2003末、
ケニアに定住する覚悟で現地入りした際、
とりあえずは普通の観光ビザで3か月滞在しました。

その3か月が過ぎる頃、
観光ビザを延長して、
さらに3か月滞在できるようにしました。

こうして6か月が過ぎる頃、
ようやくキラキラの活動開始の準備が整って来ました。

しかし、ケニアの観光ビザでの滞在は、
最長で6か月まで。
そこで、とりあえずタンザニアに出国して、
タンザニアの観光ビザで、
ナマンガのケニア側に3か月滞在することにしました。
ナマンガの良いところは、国境であることです。

このことがばれて、
政府関係者にいちゃもんをつけられたら、
罰金または強制退去のスリルを感じながらの3か月間でした。

しかも、ケニアのビザを持っていないので、
ナマンガから離れてナイロビなどに出かけることができず、
ナイロビでしかできない用事は妻ジャシンタに任せ、
他の用事はタンザニアのモシに行って済ませていたのです。

この3か月の間に、キラキラの形を整え、
ジャシンタの手によってケニアの就労ビザを申請しました。
(その際お世話になったK氏に、この場を借りて感謝申し上げます)

で、タンザニアに3か月滞在したからといって、
その後すぐにケニアに入国できるわけではありません。
ケニアに戻って来る場合、
一度第3国まで行って来る必要がありました。

そこで、しかたなく、
タンザニアを大縦断して、
マラウィまで行って来ました。

マラウィでは1泊しただけ。
帰り道、
タンザニアのダルエスサラームのケニア大使館で、
ケニアの観光ビザを取り、
無事にナマンガの国境でケニア入国手続きを受け、
再度ケニアに観光ビザで3か月間滞在できることになりました。

この間、キラキラの建築を進めつつ、
ときどき自らナイロビの出入国管理局に出向き、
就労ビザ申請から交付への手続きを追い続けました。
何度も出入国管理局の職員の部屋を訪ね、
面接などもありました。

幸い、3か月のケニアの観光ビザが期限する前に、
無事に就労ビザが交付され、
2年間ケニアで就労しながら生活できることになりました。
2004年11月のことです。

その後、就労ビザを2年おきに更新。
2006年、
2008年、
2010年、
そして今年、2012年。

毎回、何らかの苦労がありました。
毎回、許可が下り、交付され、取得するたびに、
ほっとして、肩の荷が下りるという、
2年おきのサイクルが続いています。

この間、ビザ代も8倍に値上がりました!!!

今回2012は、
就労ビザ期限切れの3か月以上前、
日本からケニアに戻った日の翌日に、
ナイロビの出入国管理局に申請書類を取りに行き、
その1週間後に申請を済ませ、
その1カ月半後に人に頼んで確認してもらったところ、
許可が既に下りてはいるが、
本人からの委任状がないと受け取れないと言われ、
私自身が出向き、受け取り、
銀行で所定の金額を払い、
保険会社で手続きし、
最終的に、期限切れの1か月前である10月初旬、
無事に就労ビザ更新を完了することができたのでした。

これからも、
賄賂を払うこともなく、
無理やり働きかけることもなく、
自然体のままで、
ケニア政府に「もうここまで!」と引導を渡されるまで、
または、状況が許すまで、
ケニアに暮らし、ケニアで働き、
新しい世代が育つのをこの目で確認することになるでしょう。


ナイロビにある出入国管理局は、黄土色の高層ビル、
手前は交通量の多いケニアッタ・アベニュー。

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日本のパスポートに、ケニアの就労査証が刻印される。

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キラキラ・プロジェクト
コーディネーター
相原功志 記
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by kjkirakira | 2012-10-05 18:15 | 現地で 全般・他