アフリカでのこども支援 「キラキラ・プロジェクト」 + それを日本で後援  「キラキラを支える会」


by kjkirakira
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キラキラ総会★20120616

2012年6月16日(土)
キラキラを支える会 総会

キラキラを支える会
http://www.geocities.jp/kj_kirakira/

ケニアでキラキラを立ち上げたのは2004年7月。
小さいけれども気のきいたプロジェクトを目指して、
たったの15人の保育園児で、理想通りの謙虚なスタート。

しかし、
一通り建築が終わって、
新校舎で新年を迎えた2005年1月、
園児の数は一気に59人まで膨れ上がり、
ストレスで頭を抱える毎日に。

営利目的の私立の学校なら、
生徒数が増えた分だけ収入は増えていくので
万々歳なところ。

しかし、
支援型の学校であるキラキラ保育園は、
園児数が増えれば増えるほど支出が増し、
大変なことになるのです!
それこそ、倒産の危機がせまっていました。

2005年4~8月、
この際に日本で何とかしないと、
キラキラはあっけなく粉砕、沈没、消滅してしまうという、
背水の陣で一時帰国に臨みました。

2005年5月14日、
その2年前に、イラク戦争反対デモに一緒に参加した、
キラキラを応援する仲間たちと再会し、話し合い、
何とかキラキラ日本支部が立ち上げられそうな前向きな予感。

2005年8月、
一時帰国を終えてケニアに戻る寸前、
ようやく「キラキラを支える会」の最低限の形が整いました。

しかし、しばらくは大変でした。

電気のなかったナマンガでは何もできず、
月一度、170㎞離れたナイロビに出かけて行って、
そこの銀行のATMで、日本の銀行口座からお金を下ろし、
そこのインターネットカフェで大切なメールを読み書きしていました。

ついには、事務仕事だけのためにナイロビの部屋を賃借りし、
キラキラだよりを執筆したり、
メールやホームページの原稿を書きためて、
まとめてインターネットカフェでアップしたりしていました。

まあ、我ながら、よく続いたものです。

2007年4~6月、
ジャシンタを伴った一時帰国で、
キラキラを支える会として、
外務省主催「アフリカンフェスタ」その他のイベントに出展し、
JICA地球ひろばにも登録し、会議なども開けるようになりました。

そのために、
規約・事業報告・会計報告・役員・ウェブ・パンフレット・口座…
それぞれをしっかりと適正に管理して報告していく必要に迫られました。

しかし、
なかなか思うようにしっかりできない。
キラキラを支える会の役員が、
少数で、なかなか集まれず、
全員ボランティアであるという限界。
さらに、パソコン、インターネット、印刷、銀行、その他の活動インフラが、
ケニアに負けじと、日本も発展途上にあったのです。

ただ、実態はそんな環境のせいではなく、
私の中に、自分たちの中に、
運営を妨げる障害が隠されていたのです。


一度、全てを壊し、全てを立て直し、新たに再出発する必要がありました。


おかげさまで、再出発した2008以降、
日本やケニアの通信・金融などのインフラ向上もあり、
現地キラキラも、日本側キラキラを支える会も、
スムーズに運営され、スムーズに協調体制が取られています。

現地キラキラでは、
ナマンガに電気が開通し、
キラキラでネットができ、
ナマンガのインターネットカフェで印刷でき、
ナマンガの銀行でお金を引き出すことができ、
ネット上でお金の移動ができ、
ネット上で日本との情報・意見交換がスムーズにでき、

日本側支える会では、
安く大量に印刷できる施設の利用ができ、
支える会役員の数もやや増え、
年6回程度、無理なく首都圏で集まることができ、
宅急便などのインフラも整い、

しかし、それ以上に、
日本でキラキラを支える会の役員またはボランティアとして、
これまでの活動に携わって来てくださった皆さまに、
心よりお礼申し上げます。

ケニアでも、日本でも、キラキラは、
人が、人の手で、人のためにする活動です。
便利なインフラやシステムを、
つくるのも、利用するのも人の手です。

皆さまの助けなしでは、ここまで来ることができませんでした。
心こめて、感謝申し上げます。
これからも末長く、よろしくお願いいたします。


さて、
総会の会場は、東京広尾のJICA地球ひろば。
忙しい日程の合間を狙い、
キラキラ総会の日程を、
NPOキ・アフリカの毎月の定例会の日にぶつけました。

NPOキ・アフリカの毎月の定例会が、
同会場で13:00~16:00に行われた後に引き続き、
キラキラの総会を16:00~18:00に同会場で行うというもの。

JICA地球ひろば
http://www.jica.go.jp/hiroba/index.html

NPOキ・アフリカ
http://www.kiafrika.org/


まずは、Sさんに会うため、早めに会場入りします。

Sさんの要請にこたえ、
望と光がモデルデビューする日でもあります。

Sさんは、東アフリカの布(カンガ)を仕入れ、
それを材料に、仙台の洋裁職人さんが服を縫い、
収益をアフリカ支援および東北復興支援に充てるという活動を、
コーディネートしようとしていらっしゃいます。

そのサンプルとして、
Sさんが手作りした作品のモデルに、
うちの望と光が抜擢されたのです。

外は雨。
よって、撮影は建物の中で。

そこまでは良かったのですが、
何せ小さいこどもはわけもなく動き回り、
なかなかじっとしていない。
思い通りの写真を撮っていただくことはかなり難しかったです。

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キ・アフリカの会が進行している時間帯は、
会場の一角にあるレストランで食事。

この日はみんなでキラキラTシャツです。

ご覧のようなキラキラTシャツは、
イベントやお店などで量販はしていませんが、
ご注文いただければ、つくってお届けいたしますので、
私も含めたキラキラを支える会役員に一声おかけください。

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この日は、同じケニアでこども支援を行っている、
NGOウシリカ・インターナショナルの関係者たち、
すなわち、ナイロビ在住Tさんと、そのお仲間たちも、
同会場で話し合いを持たれていました。

そのお仲間の中には、
私たちキラキラにもゆかりのある方々も。


さて、キラキラ総会の時間が近付いて来ました。

ここ数年、キラキラを支える会役員として、
一つの柱となって重役を担ってきたB野さんが、
光と同い歳の娘さんを連れてやって来てくださいました。


この日、

現地キラキラのコーディネーター一家である、
私相原功志、ジャシンタ、望、光、

キラキラを支える会役員として、
さり~、マーサイ、I嶋、B野+娘さん、

キ・アフリカのメンバーとして、
キラキラ創立時からずっと見守っていてくださった、
Nさん、Nさん、Hさん、

2005以来のキラキラ支援者、
Oさん、

2004以来ナイロビやナマンガでお世話になってきた、
写真家Mさん、

Tシャツ寄贈+カンガで洋服づくりの
Sさん、

現地キラキラも訪問された、
サイディアフラハやウシリカにも関わる
Mさん、

現地キラキラ訪問後、
今回明治学院大学で再会した
Oさん、

現地キラキラ訪問後、
しっかり保育士になっていた
Sさん、

ウシリカの流れで、
今回キラキラにも参加してくださった
Tさん、

白鴎大学 国際交流サークル「トムソーヤ」の、
Kさん、Sさん。


総会での、事業+会計報告、その他懸案事項の確認、

総会後の、広尾の居酒屋での懇親会、

ご参加いただき誠にありがとうございます。


2004、謙虚に立ち上がった現地キラキラ、
2005、健気に立ち上がった日本側キラキラを支える会、
2007、一度壊れ、
2008、再生し、
2012、継続し、よりスムーズに無理のない形で発展してくることができました。

この8年間の歩みを再確認し、
さらに、
2年後の現地キラキラ10周年時には、
さらに堅固になったキラキラの歩みを再確認したいと、
再会を誓い合うことができました。

今回の滞日中、
会うことができた方も、できなかった方も、
2年後には何らかの場でお会いできますように。


懇親会後に、夜の広尾にて。

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子連れでの日本渡航、
今回が、最初で最後の、東京での、
夜の時間帯におよぶ会でした。

小さい子がいるからという理由で、
キラキラ関係のイベントに参加できないでいる皆さま、
これからは、子連れ参加OKのイベントを考えていきたいと思いますので、
ぜひぜひご意見お聞かせください。


K.A.記
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by kjkirakira | 2012-08-20 21:06 | 日本で 活動報告